第15話 マイラ(2)
食事を終えてから、再び移動を開始する。
アトリの歩行速度が基準になるため、やはり移動速度は決して速くない。
その上、食事の時の気まずい雰囲気を引きずっているためか、道中会話らしい会話も特になく……はっきり言って、とんでもない空気が悪かった。
まぁ、こうなったのも完全に俺のせいなんだが……だからといって、特に態度を変えるつもりなかった。
先導するマイラのすぐ後に続き、アトリを背中にかばうようにして歩く。
腰のナイフには手を添えたまま、マイラがおかしな動きをしても対応できるように、歩きながら常に気を配っていた。
ついでに、マイラをもう一度『鑑定』で確認してみる。
マイラ
種族:ヒューマン
クラス:魔法戦士
状態:正常
レベル:30
魔力:80/80
スキル:
双剣術(レベル:3)
体術(レベル:2)
魔力感知(レベル:2)
風魔法(レベル:3)
特にステータスに変動はない。俺は彼女の動きを
休憩を挟みながら歩き続け、気がつけば日も暮れ始めていた。
森の中が一層薄暗くなり、移動速度も落ち始める。空気も徐々に冷えてきたので、俺はアトリに自分の上着を渡した。
上着を受け取る時、アトリはやはり不服そうに俺を見つめていたが、なにも問いただしてはこなかった。
…………アトリの中で、俺への信頼とマイラへの信頼がせめぎ合っている最中なんだろう。
やはり、事は一刻を争うな。
俺の思案をよそに、マイラがアトリを気遣うように振り返ってきた。
「姫様。このペースですと、森を抜けるにはまだ数時間はかかります。今日はこのあたりで、野営の準備をいたしましょう」
「そ、そうですか……わたしの足が遅いばかりに、迷惑をかけます」
「そっ、そのようなことは決して! むしろ……」
マイラが恨みがましい視線を向けてくるが、俺は徹底的に無視してやった。
俺に皮肉は通じないとようやく諦めたのか、深い嘆息を漏らしてから、マイラが野営の準備を始める。
アトリも疲労を回復するため、地面に腰を下ろして息を整えている。
…………動くなら今か。
俺は静かに深呼吸してから、『魔力感知』をレベル2で発動してから、野営用の
「手伝おうか?」
「……いえ、勇者様のお手をわずらわせるわけには」
「気にするな」
マイラが嫌そうな顔で拒絶してくるが、俺は構わず薪拾いを始めた。
こちらの意図が気になるのか、マイラはしばしこちらの様子をうかがっていたが、ついに我慢できなくなったように口を開いた。
「……どういうつもりですか」
「なにがだ」
「その……勇者様は、わたくしのことを信用しておられないのでは?」
「まぁ、そうだな」
はっきり肯定すると、マイラは眉を寄せて微妙そうな顔をした。
「なら、どうしてわたくしの手伝いを?」
「アトリのほうは、あんたのことを完全に信頼してるみたいだからな。俺もちょっとは折れておかないと、愛想をつかされそうなんだよ」
「…………そんな理由、ですか」
「俗っぽい理由で悪いな。でも、人間なんてそんなもんだろ」
言ってにやにやと笑いかけると、マイラはゴミでも見るような目を向けてきやがった。
そういう精神攻撃にも慣れてはいるが、だからといってドMってわけでもないので、別に嬉しくもない。
冷たい視線を淡々と受け流しつつ、俺は軽い調子で話を振った。
「それより聞かせてくれよ。あんたとアトリ、そんなに親しかったのか?」
「……いえ。わたくしと姫様は主従です。臣下の分をわきまえていれば、それ以上に親しくなることなどありえません」
「その言い方じゃ、臣下じゃなければ親しくなってたみたいじゃないか」
俺が言葉尻を捕らえてからかうと、マイラは真剣な表情で視線を落とした。
「……あながち、間違ってはいません。姫様はとても気高いお方です。誰も味方のいない孤独の中にいて、なお他人を気遣うことのできるような……そんなお方だからこそ、わたくしは我が身を
「随分とご執心じゃないか。そこまで気に入ってるなら、友人にでもなってやればよかったじゃないか」
「そんなわけにはいきません。わたくしと姫様はあくまで主従。その境界をおろそかにしては、余計な波紋を生みかねません」
「……なるほど」
どうやらアトリの言う通り、マイラの忠誠は本物のようだ。
多少頑固で堅苦しいが、それだけに揺るぎない。
「難儀な性格だな」
「よく言われます」
苦笑するマイラにつられて、俺も思わず苦笑してしまう。
だが、すぐに『いけすかないやつ』と馴れ合っていることに気づいたのか、マイラはすぐに視線をそむけた。また横目でこちらの様子をうかがってくる。
「……勇者様は、どうなのですか?」
「俺がどうしたって?」
「その……勇者様は、どうしてそこまで姫様を守ろうとしていらっしゃるのですか?」
意味がわからず首を傾げていると、マイラが更に補足してくる。
「本来、勇者様は破壊神を討滅するために呼び出されるはず……なのに、勇者様は破壊神の魂の器である姫様をお守りしています。いったい、どうしてそんなことを……?」
「あー……まぁ、だいたいあんたと同じ理由だよ」
曖昧に答えて終わらせるつもりだったが、マイラが食い下がるような視線を向けてきた。
その視線の圧力に負けて、俺は観念して続ける。
「……なんていうか、危なっかしくてほっとけないんだよな、あいつは」
なにせ、初対面の相手に『世界のために自分を殺せ』なんて要求してくるようなやつだ。
そのくせ、一皮むけば年頃の女の子そのものみたいな表情を向けてくるんだから、ほだされるなというほうが無理な話だ。
「それは、ちょっとわかります」
長年仕えていて思い当たる節があるのか、マイラもしみじみとうなずいていた。
「どうやら、わたくしたちの目的は同じようですね」
「そうだな」
「……どうでしょう? ここはひとつ、同じ目的のために協力するというのは」
多少冗談めかしていたが、マイラの顔には断られるのを恐れるような不安が滲んでいた。
……少しは、警戒を解いてくれたかな。
胸中で自問しながら、俺はマイラに左手を差し出した。
「悪くないな」
「……なら、これからは姫様の護衛仲間ですね」
マイラが嬉しそうに微笑みながら、俺の左手をそっと握る。
その瞬間――
俺は右手で抜いた
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