第14話 マイラ(1)

 マイラと情報を共有したあと、俺たちは西に向かって移動を再開した。


 マイラはこの森の地理を把握しているらしいので、マイラ、俺、アトリの順で移動をしている。

 本来ならアトリを挟むような形で移動するほうが、魔物への対策としてはいいのだろうが……俺はマイラのことを信用し切ってはいないので、こういう隊列にならざるをえなかった。

 それに、万が一魔物が背後から襲ってきたとしても、俺の『魔力感知』には引っかかるはずだろうと目論見もある。

 なにより――姿も見えない魔物よりも、俺にとってはマイラのほうがよほど脅威だった。


 マイラは先行して森の中を歩きながら、ちらちらとこちらを振り返ってくる。

 得物の双剣を返して欲しいのだろうが、俺は彼女の視線を無視し続けた。

 アトリは少し心配そうに俺のほうを見ていたが、結局はなにも口を出さなかった。どれだけ口で『マイラは信用できる』と言っても、俺には通じないとわかっているからだろう。


 そんな調子で、俺たちはほとんど無言で西に向かって歩き続けた。

 とはいえ、アトリが疲労する度に休憩するため、移動速度はたかが知れている。

 だが、マイラにアトリを抱えさせるわけにもいかないし、俺がアトリを抱えるとマイラに対処できなくなる。アトリには悪いが、しばらくはこの隊列で進むほかなかった。


「も、申し訳ありません、セツナ様……足を引っ張ってしまって……」


 何度目かの休憩の際に、アトリは息も切れ切れに謝罪を口にした。

 疲れ切った表情の中に申し訳なさそうな気配が浮かんでいて、俺はちくりと胸が痛んだ。

 俺とマイラのギスギスした空気で心労もたまってる上に、肉体的な疲労まで負わせてしまっている。

 俺は念のため、アトリの状態を『鑑定』で確認した。


     アトリーシア・エル・ディード・バルディア

     種族:ハーフエルフ

     クラス:賢者

     状態:疲弊

     レベル:20

     魔力:225/1500

     スキル:

      全属性魔法(レベル:4)

      虚無の因子(レベル:9)


 アトリの魔力は順調に回復しているが、体力はむしろ右肩下がりで落ち込んでいるようだ。

 疲弊しきっている彼女には悪いと思うが、アトリにはもう少し我慢してもらおう。


「姫様、やはりわたくしがお運びしたほうが……」

「いいえ。あなたには索敵と先導の役割があります。そちらに専念しなさい」

「で、ではせめて、姫様のお食事を調達してまいります!」


 マイラは勢いよく立ち上がるが、俺の存在に気づいて動きを止めた。

 しばし牽制し合うようににらみ合うが、二人の間で飛び交う火花を察したアトリが声をかけた。


「そうね。マイラ、お願いするわ」

「えっ、いや、その……………………わ、わかりました」


 俺とアトリだけを残していくのが不服そうだったが、結局マイラは主人の『お願い』に従うことにしたようだった。

 森の中に走り去っていくマイラを見届けてから、俺はアトリに視線を向けた。


「あいつ、信用できるのか?」


 俺の無遠慮な問いかけに、アトリは少しだけ考える素振りを見せてから、はっきりとうなずいた。


「そうですね……マイラの忠節は本物だと思いますよ」

「根拠はあるのか?」


 意地の悪い質問だとは思いつつ、問いを重ねる。

 俺の質問が重要なものだと信じてくれているのか、アトリは嫌な顔もせずに答えを返してきた。


「個人の事情を勝手に説明するのは無作法かも知れませんが……マイラは元々、貴族の妾腹しょうふくの娘なんです。わたしも王家の妾腹の娘だったからか、マイラは仕え始めた頃からすごい熱意で仕事に取り組んできました」

「……具体的には?」

「例えば……腹違いの兄である第二王子がわたしに刺客を送ってきた時に、マイラは重傷を負いながら刺客を返り討ちにしてくれました。マイラの父親がわたしへの贈り物に毒を盛った時も、彼女が毒見役をしてくれましたし、彼女自ら父親を断罪しました」


 ……なるほど。思った以上に修羅場を潜り抜けてきているようだ。

 アトリの話が本当なら、マイラのアトリに対する忠誠心は確かに本物なのだろう。


「主従の一線をわきまえていたので、個人的に親しかったわけではありませんが……少なくとも、王家や貴族よりも、わたしを守ることを考えているのは間違いないと思います」

「…………そうか」


 俺は納得したようにうなずいてから、内心で嘆息をもらした。


 ――ならば、アトリに俺の考えを明かすわけにはいかないな。


 胸の内に湧いたどす黒い感情を押さえ込むように、俺は自分の胸に手を添えた。

 アトリに悟られやしないかと不安になり、ちらりと様子をうかがうが、彼女はまだ遠い目をしてマイラの消えた先を眺めていた。


「マイラを信用しろ、とは言えません。ですが……二人が仲良くしてくれたほうが、わたしは嬉しいです」

「……善処するよ」


 錯覚だとはわかっているが、答えを返すと同時に、口の中に苦いものが広がったような気がした。


 しばらくすると、マイラが果物を集めて戻ってきた。

 ロングスカートの裾を持ち上げてトレイ代わりにし、果物をそこに乗せている。そのせいで白い素足が見えており、マイラの行動を観察していた俺はなぜかアトリに睨まれた。


「大変お待たせいたしました、姫様。わたくしが不在の間、特に変わったことはございませんでしたか?」

「ええ。手間をとらせましたね、マイラ」

「いえ、臣下として当然の務めを果たしたまでです」


 マイラはアトリの眼前まで近づこうとするが、俺は立ちふさがるように二人の間に割り込んだ。

 マイラが不服そうな視線を向けている隙に、果物を『鑑定』で調べる。一応すべてちゃんと食べられる果物で、毒とかを盛られた様子もなかった。

 だが、素直に出されたものを食っては、俺が『鑑定』のスキルを持っているとバレかねない。

 相手の出方をうかがう意味も込めて、ここは一芝居打っておくべきだろう。


「あんた、アトリの侍女だろう? なら、まずはあんたが毒見役を務めるべきなんじゃないか?」

「セツナ……」


 アトリが悲しげな声を漏らすが、俺は努めて無視した。

 俺はロングスカートの上に並ぶ果物を乱雑にかき混ぜてから、その内のひとつをつかんだ。

 同時に些細な細工を施してから、マイラに果物を突きつける。


「どうだ? それとも、自分で食えないようなものをアトリに食わせる気か?」

「……失礼ですが、勇者様はわたくしの忠誠をあなどっておいでです」


 言うなり、マイラはためらいなく果物にかじりついた。

 しゃくしゃくと咀嚼音が響く中、俺とマイラは無言のまま互いに睨み合う。

 マイラが口の中の物を飲み込むのを確認してから、俺は食いかけの果物をマイラのスカートの上に戻した。別の一個を手にして、アトリのほうに放る。

 アトリは慌ててそれを受け取り、俺の顔色をうかがってから果物に口をつけた。


「……ふぅ。ようやく一息つけた気分です」


 嘆息を漏らしてから、横目で俺をじろりと睨む。

 仲良くしろと言った矢先に、マイラと口論したのを不満に思っているのだろう。

 だが、これに関しては俺もゆずるつもりはまったくなかった。


 ――例えアトリに恨まれても、俺はすべきことをする。


 張り詰めた沈黙の中で、俺たちは無言で果物をかじり続けた。

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