第13話 対話

 落ち着ける場所として選んだのは、先ほどまでマイラが戦闘を繰り広げていた場所だった。


「開けた場所のほうが、魔物が来た時に対処しやすいですから」


 とはマイラの言だったが、対処というのは無論戦って殺すという意味だろう。

 逃げ回ることを基本戦略にしている俺たちとは、根本的に発想が違うな。


 そこだけくり抜かれたように木々がなく、眩しいほどの日差しが茂みに反射している。

 少し離れた場所に大型の狼の死骸が四体ほど転がっており、血なまぐさい匂いが鼻をつく。

 おそらく、マイラはこいつらと戦っていたのだろう。俺は迷わず『鑑定』で彼らをた。


     【無名】

     種族:サーベルファング

     クラス:戦士

     状態:死亡

     レベル:5

     魔力:0/20

     スキル:

      強化嗅覚(レベル:3)


 魔力量はゴブリンの四倍、レベルはゴブリンの五倍か。

 こんなやつを四体も相手にして、相手に連携されながらも手傷を負った様子もなく勝利できるとは……この女、相当戦い慣れてやがるな。

 俺は感づかれないように、マイラの背中に向けて『鑑定』を発動させる。


     マイラ

     種族:ヒューマン

     クラス:魔法戦士

     状態:正常

     レベル:30

     魔力:80/80

     スキル:

      双剣術(レベル:3)

      体術(レベル:2)

      魔力感知(レベル:2)

      風魔法(レベル:3)


 クラスからしてそうだが、スキルの分布もかなりオールマイティ寄りの分布だな。

 器用貧乏ともいうが、戦術の幅が広い分、先程のように単独での戦闘でも高い戦果を上げやすいタイプだ。

 しかし……レベル30にしては、俺やアトリと比べて随分魔力が少ないな。

 アトリは規格外としても、レベル2の俺と並ぶくらいっていうのはかなり意外だ。

 どうやら、勇者って肩書きはあながち名ばかりってわけじゃないらしい。

 狼と戦っている時に感じた魔力量は、アトリと同じレベルだと思ったのだが……あれは一体なんだったんだろうか。


 こちらが値踏みしているとも知ってか知らずか、マイラは澄ました顔で手近な切り株に腰を下ろした。

 アトリがマイラと向かい合うように座ると、俺はアトリの斜め前に移動した。

 もしマイラがを起こしても即座にアトリの壁になれるように、ベルトに差したナイフの柄に手を添えたままマイラを睨んで立つ。


 マイラは驚いたように目を丸くし、アトリも俺を見て苦笑していた。


「セツナ様も座りませんか?」

「気にせず話を進めてくれ」

「そうおっしゃるなら……では」


 アトリは小さく咳払いしてから、マイラに鋭い視線を向けた。


「マイラ、わたしと別れてからのことを話しなさい」

「はっ」


 マイラの話をまとめると、だいたいこんな感じだった。


 アトリと別れてから、マイラを含む従者たちは派手に暴れて回り、魔物を引きつけることに成功した。

 だが思いのほか数が多く、従者たちは次々に倒れ、最後にはマイラだけになってしまった。

 大勢の犠牲を出したものの、なんとか生き延びたマイラはアトリと合流するため、魔物を倒して回りながら森を歩き回り――

 そして今、ようやくアトリと合流することができた。


 アトリは話を聞き終えると、神妙な顔でうなずいてから、鋭い視線をマイラに向け直した。


「念のために確認しますが……マイラ、あなたがわたしと合流したかったのは、?」


 何気ない質問に見せかけて、とんでもない豪速球だった。

 今、アトリは正面切ってマイラに切っ先を突きつけたのだ。


 ――お前はわたしの敵か、味方か、と。


 マイラはごくりと喉を鳴らしてから、こうべを垂れた。


「……無論、わたくしの役目はアトリーシア様をお護りすることのみにございます」

「それを王国にではなく、わたし個人に誓えますか?」

「姫様がお望みなら」


 アトリとマイラの視線が交差する。

 互いに抜き身の刃のような眼光をぶつけ合ったあと、アトリは納得したように小さくうなずいた。


「わかりました。あなたを信じましょう、マイラ」

「はっ。不肖の身ですが、改めて死力を尽くしてお仕えいたします」


 大仰なやりとりをしてから、アトリは堅い雰囲気を崩すように表情を緩めた。


「それでは、次はわたしたちの情報を共有しましょう」


 前置きしてから、アトリはマイラに一昨日の夜以降の成り行きを説明した。

 洞窟に逃げ込んだこと、勇者召喚で俺を呼び出したこと、西のギジェン帝国を目指していること……おおまかな流れは説明していたが、俺とアトリの個人的なやりとりについてはしっかり伏せられていた。


「それと、どうやらこの森は魔力濃度が濃くなっているようです。魔物が大量に倒されたか、強力な魔物が討たれたのかと思っていたのですが……」

「…………申し訳ございません。原因はおそらく、わたくしだと思います」


 困ったように苦笑してから、マイラは自分の胸に手を当てた。

 魔物を倒して回りながらアトリを探してたというのは、どうやら誇張でもなかったようだ。

 アトリも苦笑してうなずきながら、話を進める。


「それから、セツナ様の能力ですが――」

「アトリ」


 アトリの説明を、俺は鋭く遮った。

 二人が怪訝そうな視線を向けてくるが、俺はなるべく冷たい声で続ける。


「俺はまだ、この女を信用したわけじゃない。俺の能力を軽々しく話すな」


 これは半分本心であり、半分演技だった。

 当然だが、マイラとの付き合いはアトリのほうが長い。そのアトリがここまであっさりと信頼するということは、マイラは侍従の中でも相当忠誠心の厚いほうなのだろう。


 だが、俺はそう簡単には人を信用できない。


 冷静に考えて、こんな都合のいいタイミングで、こんな都合のいい人間が現れるものか?

 アトリの話では、この森は広大で、一度はぐれれば合流するのは難しいという話だった。

 その上、マイラたちは魔物の囮になるために、馬車で相当な距離を移動したはずだ。しかも、自分以外の仲間がすべて死ぬような乱戦状態のままで、だ。

 そんな状態で都合よくアトリと合流できるなんて、話が出来すぎている。


 ……といっても、マイラは歴戦の戦士なのだから、森の中で迷わないような手管てくだを知っていたのかもしれない。

 アトリの居場所にしても、『魔力感知』を使っていれば、アトリほど膨大な魔力量を見分けるのはたやすいだろう。


 ――ふと、なにかが引っかかったような気がして、俺は思考を止めた。

 頭の中で入念に検証してから、ようやくひとつの結論にたどり着く。


 緊張を紛らわすように静かに深呼吸してから、俺はマイラに手を差し出した。


「悪いが、剣を預からせてくれないか? あんたに武器を持たせておいたら、うかつに背中も向けられないからな」

「し、しかし……」


 マイラは助けを求めるようにアトリに視線を送る。

 だが、アトリはなんの疑いもなく俺を信じてくれたようだった。


「マイラ、セツナ様に従いなさい」

「……承知いたしました」


 マイラは納得がいかなそうだったが、渋々といった様子で俺に双剣を差し出した。

 双剣を受け取り、念のため『鑑定』にかける。どうやら両方とも、特に特殊な魔法がかけられたわけでもない、ごく一般的な剣鉈マチェットのようだった。


 …………なるほど。どうやらこっちの世界でも、俺は誰も信用できない巡り合わせになってるようだな。


 俺の様子がおかしいことに気づいたのか、アトリが不思議そうな表情で小首を傾げ、小声で尋ねてくる。


「セツナ、どうかしましたか?」

「…………いや、なんでもない」


 迷いを断ち切るようにかぶりを振って、俺は胸にじわりと広がった不安を押し殺した。

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