第11話 違和感

 その後も進んだり止まったりを繰り返しながら、俺たちは森の移動を続けた。


 移動の際にはレベル2の『隠密』とレベル1の『魔力感知』、プラスでところどころ『俊敏』。休憩中も念のため、レベル1の『魔力感知』で敵を警戒しておく。

 そんな調子で更に二時間ほど移動して、回復分を差っ引いても魔力消費はトータルで40ほどか。移動距離はせいぜい、20キロに達したかどうかというところだろう。


 俺たちは再び、木陰の茂みの中で休憩を取っていた。

 七時に移動を開始したから、今はだいたい一三時頃か。アトリを抱えながら立て続けに移動したおかげで、全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 筋肉をほぐしながら休んでいると、アトリはまた沈んだ表情で膝を抱えていた。


「まだへこんでるのか?」

「……そういうわけでは」


 いや、どう見てもへこんでるだろ。


 とはいえ、現状でどう慰めたところで、アトリが移動の足枷になっていることを否定はできないだろう。

 むしろ下手なフォローで、余計傷をえぐることにもなりかねんし……ここは一旦、別の話題を振って様子を見るか。


「アトリ。ここまで移動してみて、なにか気づいたことはあるか?」

「……思った以上に、わたしが足手まといだった……とかでしょうか」

「いや、それはもういいから」


 軽くツッコミを入れてから、俺は補足する。


「森を進んでみて、森や周囲の様子でおかしなことはなかったか?」

「そういうことですか。それなら、色々気になることがありますね」


 俺が無言でうながすと、アトリはしばし考えてからぽつぽつと話し始める。


「一番は……魔物の気配がまったくしないことですね。普通、森の中をこれだけ移動すれば、なにがしかの魔物と遭遇しているはずです。それが一度もないというのは、さすがに不自然な気がします」

「同感だな。昨日はゴブリンの部隊も動いてたのに、今日の敵の動きのなさは逆に不気味すぎる。どこかで待ち伏せしてるってのは考えられるか?」

「どうでしょう? 魔物の数が揃っているなら、待ち伏せで一箇所を固めるより、数を利用して包囲陣を敷いたほうが効果的に思えますが……」

「確かにそうだな」


 暗い顔をしていた割りに、アトリはしっかりと頭が回っているようだ。


「他になにか気づいたことはあるか?」

「そうですね……この森、異様に動物たちの気配を感じませんよね?」

「あぁ。それがどうかしたか?」

「これだけの森に動物が生息していないとは思えません。なんらかの理由で気配を殺しているのだと思いますが……おそらく、この森の魔力濃度が濃くなったのが原因かと」

「? どういうことだ?」


 俺が首を傾げると、アトリは小さく咳払いをしてから続ける。


「土地の魔力濃度というのは、その場所で殺された生き物たちの魔力量によって決まります。人間を含め、あらゆる生き物が魔力を持っていますが……とりわけ魔物が持つ魔力量は、どの生物よりも高いと言われています」

「じゃあ、魔力濃度が濃い場所ってのは……」

「はい。たくさんの魔物が死んだか、強力な魔力を持っている魔物――いわゆるその土地のヌシのような存在が死んだかのどちらかになります。いずれにしても、そのような事態はその土地の生態系や根底を揺るがす大事件です。魔物だけではなく、動物たちが息を潜めて脅威をやり過ごそうとするのも当然でしょう」

「……確かに、そりゃ大事だな」


 俺が『鑑定』した限り、昨日のゴブリンは魔物の中でもとびきりザコの部類だった。

 そんなザコが相手でも、俺は苦戦させられたってのに……ここには『たくさんの魔物を殺したやつ』か、『ヌシレベルの魔物を殺したやつ』のどちらかがいるってことか。


 それが魔物でも、人間でも、脅威であることは間違いない。

 

「この森にそれほど強力な魔物がいるという話は聞いたことがないので、おそらく、ごく最近に多くの魔物が倒されて、魔力濃度が濃くなったのではないかと思います」

「ごく最近、か」


 もしかすると、そいつこそがアトリを狙ってる追手なのだろうか?

 アトリはあえてそこには言及せず、話を続ける。


「魔物を大まかに分けると、二種類に分類されます。一方は、高い繁殖能力を持ち、自律的に数を増やして兵隊として運用が可能な代わりに、一体一体の魔力量が少ない量産タイプ。昨日セツナが戦ったゴブリンなどがこのタイプで、彼らは自分たちの生息域の魔力濃度を濃くしたりはしません。動物に逃げられて生態系が壊れれば、自分たちも食事にありつけなくなりますから」


 そこまで説明してから、アトリは軽く息継ぎをしてから続ける。


「もう一方は、繁殖能力を持たない代わりに、高い知性と唯一無二の戦闘能力を持った特殊タイプです。こちらは量産タイプと比べて遥かに高い魔力を持ち、食事を必要としない個体もいます。単独行動が多く定住するケースが少ないらしく、生態系を壊すことにも躊躇ちゅうちょがありません。今この森を荒らしている魔物は、おそらくこちらのタイプなのでしょう」

「…………なるほどな」


 どうやら、ゴブリンどもとは根本的に強さの次元が違いそうだ。

 なるべく遭遇したくはないが……もし遭遇してしまったら逃げの一手だな。


「にしても、特殊タイプってのは繁殖能力がないのに、一体どうやって生まれるんだ? 突然変異的な何かなのか?」

「それもありますが……基本的には、創造神が手ずから作ったものとされていますね」

「創造神? 破壊神じゃなくてか?」


 確か、アトリの中にいる邪神は破壊神だったと思うが……


「いえ、創造神で合っています。創造神『混沌の坩堝るつぼ』フラーマ……伝承で我々人類を生み出したとされる創造神こそが、魔物を生み出しているのです。人間やエルフ、ドワーフなどでは神と戦争するのに不足だと感じたのでしょう。強力無比な破壊神に対抗するため、創造神は強大な魔物を生み出し続け、今や人類も脅かす一大勢力を築いています」

「なんつーはた迷惑な……」


 いや、そうでもないのか。

 神の視点では、人類も魔物も等しく自分の創造物に過ぎない。それらが互いに争い合い、一方が淘汰されたとしても、そんなものは『負けたほうが悪い』のであって、神にとっては知ったことではないのだ。


 人類が滅びるのは、俺にとっても望むところだが……弱者を踏みにじっておいて、知らん顔を決め込んでやがると思うと胸クソが悪くなる。


「魔物にとって、破壊神の魂を受け継いだわたし――『虚無の因子』は最大の脅威であると同時に、うまく御すれば最高の道具にもなりえます。だからこそ、彼らはわたしを追っているのでしょう」

「とことん胸クソの悪くなる連中だな」


 その分、殺すのに躊躇ちゅうちょはなくなるが。


「まぁとりあえず、この森にはやばい魔物が潜んでいるって前提で動いたほうがよさそうだな」

「そうですね。ただ……」

「ただ?」


 俺が続きを促すと、アトリは困ったように眉を寄せ、言いにくそうに続ける。


「それがわかったところで、わたしたちに取れる対策はあまりないな、と」

「…………それもそうだな」


 身も蓋もないツッコミに、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

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