第7話 反省会

 洞窟に戻る頃には、すっかり日が落ちていた。

 ゴブリンどもと戦ったあと、尾行を警戒してまっすぐ洞窟に帰らなかったため、予想外に時間がかかってしまった。


 学ランのジャケットを小脇に抱え、念のため『隠密』と『魔力感知』を維持したまま、洞窟に入る。

 洞窟内の魔力反応はただひとつ。出る時に感じたものと同じだったため、おそらくアトリで間違いないだろう。


 洞窟の奥まで進むが、アトリが灯していたはずの魔力光が消えていた。

 不穏な予感がよぎり、思わず暗闇に呼びかける。


「アトリ……?」


 呼びかけと同時に、魔力光が洞窟内を照らした。

 アトリは洞窟の壁際に身を寄せて、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

 俺の顔を見るなり、緊張の糸が解けたような顔で抱きついてくる。


「お、おいっ」

「セツナのバカ! 魔物に見つかったのかと思ったじゃないですか……っ!」

「あー……」


 なるほど。魔力光を消していたのは、俺の足音が魔物のものだと思ったからか。

 こちらは『魔力感知』でアトリの存在を確認していたが、アトリのほうは「洞窟に入ってきたのが誰なのか」を特定する方法がないのだ。警戒して当然だろう。


 胸に顔を押し付けてくるアトリをなだめるため、俺は彼女の頭を撫でるように叩いた。


「悪かったな。そこまで気が回らなくて」

「……反省してください。わたしに心配かけて、ひとりにして、怖がらせて……最低のクズ男ですよ……」


 えらい言われようだったが、俺は黙って頭を撫で続けた。

 アトリはこの暗い洞窟の中、いつ魔物の追手に見つかるかもわからない恐怖に、ひとりで耐え続けていたのだ。

 もともと、アトリは俺を召喚して自殺を考えるほど、魔物に対する恐怖心が強かったのだ。この反応も決して過剰反応とは言えないだろう。


 しばらくすると、ようやく落ち着きを取り戻したアトリが恥ずかしそうに見上げてくる。


「…………すみません。少し取り乱しました」

「気にすんな」


 くしゃくしゃとアトリの髪をかき混ぜると、アトリはむくれたような顔で俺から身体を離した。

 拳ひとつ分だけ離れた隣に腰を下ろすと、仕切り直すように咳払いをする。


「……そ、それで。外の様子はどうでしたか?」

「そうだな……っと、その前に」


 俺はにやりと笑ってから、丸めて抱えていた学ランのジャケットを開いた。


「こ、これは……っ!」


 ジャケットの中から転がり出たものを見て、アトリがごくりとつばを飲んだ。


 それは、拳ほどの大きさの果実だった。まだ青みが強く残っているが、丸一日洞窟にこもってなにも食べていないアトリは十分に食欲を刺激されたようだった。

 帰り際に十個ほどそこらの木からもいできたのだが、どうやら取ってきて正解だったようだ。当然、『鑑定』で毒がないのは確認済みだ。


「せっかくだし、飯食いながら話してもいいか?」

「そ、それはもちろんっ」


 うなずきつつ、アトリは少しそわそわしながら、俺が先に手をつけるのを待っているようだった。

 俺を毒見役にしている……わけではないと思うので、単純に俺が取ってきたものに先に手を付けるのを遠慮しているのだろう。


 律儀というか難儀というか……餌を前にして『待て』を食らった子犬のようなアトリに苦笑しつつ、俺は果物に口をつけた。

 食感はりんごに近いが、酸味がかなり強い。とはいえ、家庭環境のせいでろくなものを食ってきてない身からすれば、腹にたまれば十分にごちそうだ。

 アトリも最初は酸味に顔をしかめていたが、しばらくすると普通に果実にかじりつくようになっていた。


 そうして食事を進めながら、俺は洞窟の外であったことを一通り報告した。


 魔物以外の生物の気配がなかったこと。ゴブリンがツーマンセルでなにかを探していたこと。意表をつけばゴブリンを瞬殺できるが、真っ向からだと割りと苦戦してしまったこと……

 最後の話を聞くと、アトリも少々微妙な顔をしていた。


「セツナの能力は、本当に暗殺特化型の能力なんですね。運用に気をつけないと、逆に足元をすくわれてしまいそうです」

「あぁ。少なくとも、力押しで真っ向勝負なんて戦法は無理そうだな」


 経験を積めば多少は戦闘の勘も身につくかもしれないが、今はそんな悠長なことも言ってられない。


「それに、そのゴブリンたちですが……話を聞いてる感じだと、完全に組織だった捜索活動の一隊のようですね。やはり、魔物はわたしがこの森に潜んでいることを察知しているのでしょう」

「ゴブリンどもを始末したことで、あっちもなにか感づいたかもしれないし、朝になったらさっさと移動したほうがよさそうだな」

「それが無難でしょうね」


 夜は魔物のほうが夜目が効く可能性が高そうだし……なにより、今は俺もアトリも魔力を消耗している。

 考えながら、俺は自分とアトリを『鑑定』でる。


     セツナ・クロサキ

     種族:ヒューマン

     クラス:勇者(タイプ:暗殺者)

     状態:正常

     レベル:2

     魔力:25/65

     スキル:

      鑑定(レベル:9)

      超暗殺術(レベル:1)

      隠密(レベル:2)

      魔力感知(レベル:2)

      俊敏(レベル:1)

      闇魔法(レベル:1)

      言語理解(レベル:9)


     アトリーシア・エル・ディード・バルディア

     種族:ハーフエルフ

     クラス:賢者

     状態:正常

     レベル:20

     魔力:50/1500

     スキル:

      全属性魔法(レベル:4)

      虚無の因子(レベル:9)


 アトリの魔力の回復量はわずか30。外を探索していたのが三時間として、およそ一時間に魔力が10回復した計算になる。全回復までは先が長そうだ。


 この状況で俺の『隠密』と『魔力感知』のレベルが上ってるのは、正直かなりありがたい。特に『隠密』については、あとでどう効果が変化したか確認しておいたほうがいいだろう。

 とはいえ、今は魔力を消耗しすぎている。不測の事態に備えるなら、常時魔力はストックしておきたいので、ある程度魔力が回復するまでは大人しくしているつもりだった。


 俺たちのステータスについてもアトリに説明すると、彼女は残念そうに目を伏せた。


「すみません。わたしはまだしばらく、戦力になれなそうです」

「俺の小技と違って、お前の魔法は切り札だからな。いざって時まで温存しとくに限る」


 俺がそっけなく応じると、アトリは困ったように笑った。


「……もう、セツナは本当にわたしに甘いですね」

「どこがだよ」

「だって……わたしを励ましてくれて、わたしを許してくれて……わたしに期待してくれるじゃないですか」


 アトリの視線に心の奥まで見透かされているような気がして、俺はとっさに熱くなった顔をそむけた。


「……生き残るためなら、おんな子どもだって利用するってだけだろ」

「だとしても、セツナの役に立てるなら嬉しいです」


 なぜか張り切った様子で、アトリが両手で拳を作って見せてくる。

 胸がくすぐったいような感覚をごまかすように、俺はそっぽを向いて果物をかじった。


「いいから黙って飯を食え。そんで、明日に備えてとっとと寝るぞ」

「はぁい」


 甘えるような返事をかたく無視して、俺は無心で果物を消化し続けた。

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