第6話 初戦闘(2)

『魔力感知』に引っかかったのは、二体のゴブリンだった。

 俺は茂みの中に隠れつつ、百メートルほど先で周囲を警戒しながら歩いている小鬼どもを『鑑定』にかける。


     【無名】

     種族:ゴブリン

     クラス:戦士

     状態:正常

     レベル:1

     魔力:5/5

     スキル:

      なし


 見たところ、特筆すべきステータスではない。おそらく、俺でも二人同時に相手できる程度の連中だろう。


 ゴブリンどもは二体とも身長が低く、俺の胸ほどの背丈しかない。

 突き出た鷲鼻わしばな、尖った耳、飢えたようにぎらつく瞳――パーツを個々に見ても気持ちがいいものじゃないが、全部揃うと醜悪しゅうあくという言葉以外思いつかない。

 骨に皮が張り付いたように細い体型だが、決して力が弱いわけではなく、むしろ身体が軽い分だけ動きは機敏に見える。

 しかも厄介なことに、ゴブリンどもは二体とも、手にさびの浮いた短剣を握っていた。


 見ている感じ、ゴブリンどもは明らかになにかを探してこの一帯を巡回しているようだ。

 連中が求めているもので、真っ先に思いつくのは――当然、アトリだった。


 どうやら、追手は思ったよりも近くまで迫っているらしい。


 ゴブリンどもは濁った声を交わしながら、洞窟のあるほうへと進んでいく。


「まずいな……」


 連中に洞窟を発見されるのは、できれば避けたい。

 見つかったとしても両方殺せば済むだけだが、殺したあとに死体を処分しなければ、匂いで他の魔物を呼び寄せることになりかねない。


 更に難儀なことに、ゴブリンどもには多少なりと知恵があるのか、頑なにツーマンセルで行動を続けている。

 ここで俺が飛び出して片方のゴブリンを殺せたとしても、もう片方は大声を張り上げて仲間を呼び寄せるだろう。

 そうなれば、魔物どもによる徹底的な探索がすぐに始まり、遠からずアトリの居場所を知られてしまう。


 みすみす先に行かせるわけにもいかないが、かといってこの場で二人を同時に始末する方法も思いつかない。

 …………いや、待てよ。もしかしたら、この手なら……


「やってみるか」


 俺は『隠密』が切れていないことを確認してから、ゴブリンどもへ近づいた。

 風上に回り込み、わずか一〇メートルまで間合いを詰めると、『隠密』を使ったままわざと微かな物音を立てる。


 カサリ、と茂みの草葉が鳴る。


 ゴブリンのうち片方がその音に気づき、相棒を呼び止めた。こちらを指差しながら、物音の正体を確かめようとでも説得しているようだ。

 彼らの様子をうかがいながら、俺は息を止めて、『超暗殺術』の中の派生スキルを発動させる。


 スキル『毒物生成』。

 大気中の元素に魔力を織り交ぜ、即席の薬物をその場で調合する。

 生み出したのは――吸い込むだけで軽い酩酊状態になる、幻覚剤だ。


 そうとは知らず、ゴブリンどもが警戒しながらこちらに歩み寄ってくる。

 俺から三メートルも離れていない場所まで来ると、彼らは唐突に足を止めた。ふらふらと虚ろな目をしながら、だらりと両手を下に垂らす。


 ――効いた!


 そう確信すると同時に、俺は『俊敏』で加速した。

 近くのゴブリンの背後に回り込み、派生スキル『暗殺拳』に突き動かされるままに、敵の頭頂とあごを同時に掌底で撃ち抜いた。

 強引に頭をねじられた負荷に耐えられず、ゴブリンの細い首がぼきりと折れる。


 もう一方のゴブリンが正気に戻り、大声を張り上げるために息を吸い込む。


 その喉に、俺の放ったナイフが突き刺さった。


 親父を殺すために用意した、安物の折りたたみナイフ。

 それを派生スキル『狙撃』を駆使し、手首のスナップを効かせて投げただけだ。それが見事にゴブリンの声帯に突き刺さり、やつの喉はまったく声が出せない状態に陥っていた。


 ゴブリンが声を出すのを諦めて逃げようとするが、俺は『俊敏』ですかさずやつの逃げ道を塞ぐ。

 それで観念したのか、やつは潔く戦うつもりになったようだった。ナイフを脇に構え、真っ向から俺に突進してくる。

 俺は腰を落とし、それを迎え撃つ。


 ゴブリンが突き出したナイフを『俊敏』の横っ飛びでかわし、更に『俊敏』でゴブリンの背後に回り込む。

 だが敵はそれを予測していたのか、即座に回し蹴りで対応してきやがった。

 とっさに腕でそれを受けるが、腕に響いたずしりとした鈍痛は想定以上だった。

 その痛みに怯んでいる間に、ゴブリンは体勢を立て直す。


 こいつ、意外に強いな。

 …………いや、違うな。俺が弱すぎるんだ。


 俺の戦闘スキル『超暗殺術』は、あくまで暗殺術に過ぎない。

 『暗殺拳』も『暗殺剣』も意表をつくからこそ一撃必殺になる技なのであって、真っ向から敵と戦う場合には有効とは言いがたい。

 それは『狙撃』や『毒物生成』もそうだ。こちらの位置がバレていて、相手が『狙撃』を警戒している状態で『狙撃』を成功させるのは困難だし、『毒物生成』の挙動を見せれば距離を取るなりで対策されてしまうだろう。

 つまり――もっと工夫して戦わないと、正面からじゃゴブリン相手にも負けちまうってわけだ。


 俺の弱さを感じ取ったのか、ゴブリンはにやりと下卑た笑みを浮かべた。


 その笑みに気圧されそうになるが、俺は口の端を吊り上げて強引に笑みを作った。

 気持ちで呑まれたら、死ぬ。

 そして、それは俺ひとりの死を意味するのではない。


「……絶対負けらんねぇ」


 つぶやくと同時に、俺は『俊敏』でゴブリンに接近するように見せかけた。

 ゴブリンはとっさに守りを固めるが、俺はすかさずバックして、死んだほうのゴブリンの元に戻った。

 その手に握られたナイフをもぎ取り、再度敵に向かって駆け出す。

 ゴブリンは油断なくナイフを構えながら、俺を待ち受ける。


 ナイフの間合いに入る直前――俺はナイフを振りかぶった。

 至近距離からの『狙撃』。ゴブリンはそれを警戒して、頭を守りながら後ろに飛び退く。


 予測通りの動きに、俺の左手がすばやく反応する。

 腹に置いていた左手を下げ、瞬時に制服のベルトを抜き取ると、派生スキル『鎖術』でゴブリンの足にベルトを絡める。

 ゴブリンがベルトを切ろうとナイフを振り上げるが、『狙撃』によって俺の手から撃ち出されたナイフによって、やつは得物を弾き飛ばされる。


 やつの顔に動揺が走る。

 その瞬間、俺は全身の力でベルトを引っ張り、ゴブリンをこちらに引き寄せた。

 ゴブリンは足を引っ張られて地面を滑りながら、喉に刺さったナイフを得物にしようと手を伸ばす。


 その手を、俺は全身の体重を乗せて踏みつけた。


 喉に刺さったナイフがより奥に到達し、頸動脈をこじ開ける。

 ゴブリンは俺の脚を殴って必死に抵抗するが、すぐにごぼごぼと喉を鳴らし、腕を持ち上げる力すら失って絶命した。


 念の為、俺は荒い息を整えながら、数分ほどその状態を維持した。実は死んだふりでしたとかだったら、しゃれにならんからな……

 ゴブリンが死んだと確信できるまで待ってから、俺は足を離し、ゴブリンどもからナイフを回収した。


「…………こりゃ、思った以上にしんどいな」


 正直、もっとチートな能力だと期待していたが……この能力、意外に使い勝手が難しいぞ。

 まぁ前向きに考えるなら、自分の戦い方の弱点を認識できたということか。一朝一夕で補えるものではないが、そのあたりは実戦経験を通して地道に積み上げるしかないな。


 俺はゴブリンどもの死骸を茂みに隠すと、『毒物生成』で強酸を生み出し、念入りに死体を処分した。

 酸で溶けていくゴブリンというのはまぁまぁのグロさだったが、毎日自分が血なまぐさい目に合っていると、こういうのにも抵抗がなくなるもんだ。


 抵抗と言えば……俺、まったく抵抗なく魔物を殺していたな。

 戦う前はビビって震えてたのに、敵を実際に見つけたら、そんな怯えは一切なくなっていた。


 …………たぶん、相手が人型だったのがよかったんだろうな。


 俺やアトリから、すべてを奪ってきた連中――人間を思い起こさせるゴブリンの姿が、俺の怒りを駆り立てて恐怖を忘れさせたんだろう。


「反省会は帰ってからにするか」


 俺はため息をついてから、『隠密』と『俊敏』を使って洞窟へと駆け出した。

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