第5話 初戦闘(1)

「それじゃ、そろそろ実戦に行ってみるか」


 再度アトリと座って向かい合うと状態で、俺は早速提案した。

 アトリは胡乱げな目で俺をにらみながら、眉根を寄せて茶々を入れてくる。


「セツナ、念のために確認しますが、あなたは戦闘訓練を受けた経験なんてありませんよね?」

「あぁ」

「それどころか、人を殺したこともないって言ってませんでしたっけ?」

「まったくその通りだな」

「…………それで、よく実戦だなんて言えましたね」


 アトリは心底呆れたようにため息をつきやがった。


「だいたい、実戦だなんて言っても、どこに敵がいるかもわからないでしょう? それでどうやって、誰と戦うつもりなんですか?」

「そりゃ、適当に歩いて見つけるさ」

「どうやって見つけるんですか。第一、見つけたとして、倒せないような相手ならどうするんです?」

「そりゃ、適当に逃げるさ」

「逃げるのに失敗して、この洞窟まで敵を案内してしまったら? その時は一体どうするんです?」

「そりゃ、適当に倒すしかないわな」

「……………………はぁ」


 頭痛をこらえるように額に手をやりながら、アトリが盛大に嘆息した。


「やっぱり、セツナひとりで行かせるわけにはいきません。わたしも同行します」

「いや、アトリはここで大人しくしてろって」

「そうはいきません。あなたひとりにしたら、一体なにをしでかすか……」


 小言を言い連ねてくるアトリに辟易しながら、俺は自論を説明する。


「いや、真面目な話、俺ひとりのほうが都合がいいんだって。俺のスキルについては説明しただろ? 基本的に単独行動で相手の意表をついて、一撃で敵を倒す……そういうビルドになってるんだって。そこにお前が加わると、意表もつけずに敵と真っ向勝負することになるだろうが」

「そ、そんなこと言っても、セツナはまだろくにスキルも使いこなせ――」


 アトリが言い終える前に。


 俺は自分を覆い隠すイメージで、全身に魔力をまとった。アトリが目を丸くして、俺のほうを凝視してくる。


「すごい……こんなに近くにいるのに、気配をまったく感じない……これが『隠密』スキル……」

「ふむ。視認はできちまうのか……まだスキルレベル1だから、こんなもんか」

「なんでがっかりしてるんですか! 普通の人間なら、数カ月は修練しないと会得できない技術ですよ! それをそんな外れスキルみたいに……」

「いや実際問題、俺はスキルを当てにしないと速攻で死ぬからな。ハンパなスキルじゃ困るんだよ」


 まぁ、最初に使った『鑑定』が便利過ぎたというのもあるが……スキルレベルが上がるまでは、『隠密』の効果は気休め程度に思っておいたほうがいいかもしれんな。


「とにかく、スキルの使い方はわかった。あとは実戦でどれだけ役に立つのか確認しておかないと、いざって時に戦略も立てられないからな」

「それは、わかりましたけど……」


 アトリは納得いかないのか、上目遣いで俺のことをにらんでくる。


「…………ちゃんと、戻ってきてくれますよね?」


 あー……こいつ、そっちのことを心配してたのか。

 俺が適当なことを言って、アトリを置き去りにして逃げ出すと――そんな心配をしてやがったわけか。


 乱暴にアトリの髪をかき混ぜてから、俺は気の抜けた声で言った。


「ま、昼寝でもして待ってろ」

「……もう夕方です」

「まぁ、とにかくのんびりしてろってことだ」


 俺はあくまで気楽に言ってから、アトリの頭から手を離し、洞窟の出口へ向かって歩き出した。


 進むに連れてアトリの生み出した光源から離れ、徐々に視界が悪くなっていく。

 全身が闇に包まれた頃――ようやく、俺は全身の力を解いた。

 身体が緊張と恐怖で、がくがくと震えている。さっきアトリの頭に触れた時、そのことに気づかれなかっただろうか。


 俺はこれから、得体の知れない怪物相手に命のやりとりをしにいく。


 当然、怖い。ビビるに決まっている。

 こちとら、親父からも不良どもからも常にサンドバッグ状態で、まともに反抗して勝った経験などないのだ。

 だというのに、魔物なんてわけのわからんやつらと戦うハメになるとは。


「…………まっ、しゃーねーな」


 アトリを守る。その約束を果たせると、俺は俺自身に証明せねばならない。

 それすらできないのなら――俺はここでも、生きている価値のない人間だ。


 深い闇を歩き続けると、洞窟の入り口が見えてきた。

 血に染まったような夕闇へと踏み出す前に、あらためて『隠密』スキルを使いつつ、姿勢を低くしてなるべく目立たないように歩く。


 幸い、洞窟の入り口は森の木々でうまいこと隠れていた。

 木々の陰を縫うようにして歩きながら、俺は周辺の様子を観察する。


 森は不気味なほど静かだった。虫の声、鳥のさえずりなどはまったく聞こえてこない。

 まるで森全体の生き物が、捕食者の接近を察知して息を殺しているかのように。


「はっ。ビビらせてくれるじゃねーの」


 鬱蒼うっそうと茂る木々の中を、なるべく音を立てないように進み続ける。

『隠密』の効果を絶えず確認しつつ、時折『魔力感知』で周辺の魔力を探索してみる。ざっと回った感じだと、洞窟の周囲五百メートルには不審な魔力は感じられなかった。

 ちなみに、アトリの魔力を感知できたのが、洞窟から離れて百メートル歩いたあたりまでだったので、『魔力感知』の効果範囲はだいたい百メートルほどのようだ。


「次は……」


『隠密』をかけつつ、更に洞窟から離れる。『俊敏』で脚力を上げると、音を立てないよう慎重に中腰で駆けても、百メートルを十秒ほどで走破できる。

 これでスキルレベル1なんだから、レベル上がったらとんでもないことになりそうだな……


 そうして数キロほど走ったところで――

 ようやく、『魔力感知』がなにかの気配を察知した。

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