第4話 勇者セツナの性能

 俺のあいまいな問いかけの意図を、アトリは即座に理解したようだった。


「勇者様についてというと……勇者様の能力について知りたい、ということですか?」

「一番知りたいのはそこだが、過去の勇者についても簡単に知っておきたいな」

「なるほど。わたしもそのほうがいいと思います」


 どういうことだと問いかけるまでもなく、アトリは理由の説明を始める。


「過去に召喚された勇者様の能力は、それぞれまったく性質が異なっています。例えば、三百年前に召喚された勇者様を例にすると……

 高い魔力特性を持ち、全属性の魔法を自在に操ったとされる賢者タカト・ハルミヤ様。

 圧倒的な武芸で、あらゆる騎士や冒険者を圧倒した戦士エイジ・アキナガ様。

 神がかり的な治癒術で、死者すらも蘇生したとされる聖女マユリ・フユツキ様。

 完全な気配遮断と高速機動で、破壊神すらも翻弄したという斥候シズノ・ナツカワ様。

 と、このように能力は千差万別で、勇者様の個性に大きく影響されるものと考えられています」

「…………なるほど」


 というか、三百年前に召喚された勇者って、全員日本人じゃねえか。

 揃いも揃って三百年前の日本人の名前とは思えないし、こっちと地球とじゃ時間の流れが違うのか、それとも時間軸を無視して召喚されているのか……よくわからんが、なんかまた厄介事が増えた気がするな。


 まぁ、そのあたりについては今考えても仕方がない。

 俺は嘆息して気持ちを切り替えると、アトリに向き直った。


「それじゃあ……俺の能力を確認する方法ってのはあるのか?」

「これは確かとは言えないのですが……勇者様の能力は、召喚の儀を執り行った術者の願望に左右されるとも言われています」

「はぁ……アトリはなにを願ったんだ?」


 アトリは少しだけ逡巡してから、言いづらそうに口を開く。


「その…………わたしのことを、確実に、綺麗に殺してくれる人を……」

「…………あぁ、なるほど」


 言われてみれば、彼女が願ったことなどそれ以外にないだろうな。

 しかし、綺麗にとは……まぁ変なやつを呼び出したら、殺される前になにされるかわからんからな。年頃の女の子としては、重要なポイントなのだろう。


「ってことは、俺にも多少なりと戦闘系の能力があると期待してよさそうだな。もっと手っ取り早く能力を確認する方法があれば、色々と楽なんだが……」

「そういえば、勇者様によっては『鑑定』のスキルを持っている方もいると聞いています。もしセツナが『鑑定』スキル持ちなら、てみればわかるかもしれませんね」

「『鑑定』ねぇ……」


 日本にいた時にそんな才能があったとはとても思えんが、まぁ試してみても損はないだろう。


「それって、どうすればいいんだ?」

「そうですね。まずは両目に魔力を集めてみてください」

「……すまん。やり方がさっぱりわからん」

「あっちの世界では、魔力は使わなかったんですか?」

「そもそも、魔力なんてもの自体なかったからな」

「そうなんですね……では、わたしが補助しましょう」


 アトリは俺の後ろに回り込むと、俺の目を両手で塞いだ。そのまま俺の体を後ろに倒し、自分の胸元に抱き込む。

 …………なんというか、後頭部にやわらかいものが当たってるんだが。微かに頭を動かすと、ふよんふよんと心地よい弾力が返ってくる。


「きゃっ、んっ! ちょっ、ちょっと、セツナ……頭を動かさないでくださいっ」

「わ、悪い」


 間近で響く嬌声に思わず煩悩ぼんのうふくらみそうになるが、俺はかろうじてこらえた。

 自分が置かれてる状況について考えないようにしつつ、アトリの行動をじっと待つ。


 と――俺の頭を包み込むように、不思議な熱が生まれた。

 瞼と後頭部から入り込んだ熱は、頭の中心のあたりで溶け、混ざり合う。そしてなにかに誘われるように、俺の両目へと熱が集中する。

 これが……魔力ってやつなのか。

 それを理解すると同時に、その熱が自分の身体にも宿っていることを自覚した。胸に、腕に、脚に――身体中のいたるところに、その奇妙な熱はほのかに灯っていた。


 そこで、ようやくアトリが俺の頭を離した。


「『鑑定』スキル持ちなら、これで自分の能力を確かめられるはずです。セツナ、自分の手の平を見てみてください」


 言われて、俺は熱の灯った瞳で自分の手の平を見た。


     セツナ・クロサキ

     種族:ヒューマン

     クラス:勇者(タイプ:暗殺者)

     状態:正常

     レベル:1

     魔力:50/50

     スキル:

      鑑定(レベル:9)

      超暗殺術(レベル:1)

      隠密(レベル:1)

      魔力感知(レベル:1)

      俊敏(レベル:1)

      闇魔法(レベル:1)

      言語理解(レベル:9)


 脳内にステータス表が浮かび上がり、俺は思わずぎょっとした。


 ……これが『鑑定』スキルってやつか。使いこなせればかなり便利だな。不意の遭遇戦でも、敵の手の内がわかっていれば、冷静に対処できるってもんだ。

 しかし魔力は見れるのに、ヒットポイント的なもんは見れないんだな……まぁ現実じゃ大抵のやつは首を切りゃ死ぬだろうし、首切って死なないやつは殺し方が間違ってるってだけで、ヒットポイントを削ればどうこうなるってわけでもないもんな。


 それにしても……超暗殺術て。

 なんか、厨二病ちゅうにびょう的過ぎて名乗るのにめっちゃ躊躇ちゅうちょするんだが。もうちょい名前の付け方に配慮はできなかったのだろうか。

 しかしこのスキル、ふざけた名前の割りにバカにできない性能なのだ。

 このたったひとつのスキルの中に、暗殺拳、暗殺剣、狙撃、鎖術、鋼線術、毒物生成など、多種多様な暗殺技術が詰め込まれている。


 なにより――暗殺術ってスキルは、純粋に俺との相性も悪くない。

 真っ向から敵とぶつかるよりも遥かに効率がいいし、誰かの寝首をかくという卑劣な行為に俺はまったく抵抗がない。


 …………こりゃあ、意外と簡単に生き残れるかもな。


 そんなことを考えて俺がほくそ笑んでいると、アトリが横から顔をのぞき込んできた。少しむくれたような顔で、抗議するように言ってくる。


「セツナ? ひとりでニヤニヤしてないで、わたしにも結果を教えてください」

「あっ、悪い悪い」


 軽く謝罪してから、俺は自分のスキルをアトリに説明する。


「七つもスキルを持っているなんて……やっぱり、セツナは勇者様なんですね」

「そんなにすごいことなのか?」

「それはもう。試しに、わたしのこともてみてください」


 言われるがまま、魔力の残った瞳でアトリの顔を見てみる。


     アトリーシア・エル・ディード・バルディア

     種族:ハーフエルフ

     クラス:賢者

     状態:正常

     レベル:20

     魔力:20/1500

     スキル:

      全属性魔法(レベル:4)

      虚無の因子(レベル:9)


「……確かに、スキルの数が全然違うな」

「でしょう?」


 と言っても、破壊神の魂を背負ったことで得たであろうアトリのユニークスキル、『虚無の因子』もとんでもないスキルだ。

 このスキルひとつで、自分を対象にしたあらゆる敵性魔法の効果を激減させる『魔法耐性:強』に、自身が放つあらゆる魔法の効果を高める『魔法強化:強』がついている。

 その上『全属性魔法』は文字通りあらゆる系統の魔術を扱うことができるため、それらの派生スキルも計算に入れれば、アトリのスキル数もかなりの数になるだろう。


 ……下手したら、俺よりこいつのほうがチートなんじゃないだろうか?

 魔力も文字通りケタ違いだし、魔法使い系のスキルとしてはこれ以上ないものが揃っている。万全の状態で魔法戦やらせたら、ほとんど無敵なのでは……


「…………っていうか、お前めちゃくちゃ魔力を消耗してるじゃねえか! そんな状態で、俺に魔力とか注ぎ込んでよかったのかよ!」

「勇者召喚の儀を行った時点で、わたしの魔力は空っぽ同然でしたからね。ハンパな魔力など残していても戦力にならないので、もっと有意義なことに使ったまでです。魔力を使ったことのない人に魔力の使い方を教えるには、ああするのが一番ですし」

「いや、そういうことじゃなくて……その、身体とか、つらくないのか?」


 俺がおずおずと尋ねると、アトリは一瞬きょとんとしてから、思い切り噴き出しやがった。


「ぷっ……! セ、セツナって、意外と心配性なんですね……っ」

「おい。人が心配してるってのに、お前なぁ……」

「ご、ごめんなさい……っ。でも、身体は全然大丈夫です。魔力が完全に枯渇すれば、気絶とかはしますが……幸い、わたしは魔力の貯蓄量が他の人の比ではないので、そのあたりは心配ご無用です」

「…………そうかよ」


 ったく、思い切り笑いやがって。心配して損したわ。

 内心で悪態をついていると――唐突に、アトリが背中に抱きついてきた。


「な――っ!」


 むにゅむにゅとやわらかい感触が背中にぶつかり、俺は思わず変な声を上げそうになる。

 だがこちらの動揺などお構いなしに、アトリは背中に頬を寄せてきた。


「セツナは優しいですね。いきなりこんな世界に召喚されたのに、自分の心配よりわたしの心配をしてくれるんですから」

「……いや、お前を助けたほうが俺の利益になるってだけだから」

「セツナは照れ屋さんですね」


 ぐっ……こいつ、完全に俺をなめてやがるな。

 しかし、こうして女体のやわらかさを布越しに感じてしまうと、強く出る気にはなれない。というか、身体の一部が反応してしまって、とてもではないが立ち上がることすらできそうにない。

 こいつ、もしかして狙ってやってるんじゃなかろうな。だとしたら、とんでもない悪女だ。


 言いがかりめいたことを考えていると、耳元を湿った声がかすめる。


「……ありがとうございます、セツナ」

「なにがだよ」

「人に心配されるって……大事にされるって、こんなに嬉しいことなんですね。セツナのせいで、わたし、どんどん死ぬ自信がなくなってきました」

「はっ。そりゃ好都合だな」


 吐き捨てるように返すと、鈴を転がすような綺麗な笑声が耳をくすぐった。


「わたしの召喚した勇者様が、セツナで本当によかったです」


 ――そりゃ、こっちのセリフだ。


 誰かに必要とされることが、こんなに嬉しいことだなんて、今まで知らなかった。

 アトリのくれた宝物のような言葉に、俺は目頭が熱くなるのを必死でこらえなければならなかった。

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