第3話 生きるためにすべきこと

「そんじゃ、これからの方針を決めるために……まずは、今俺たちがどういう状況に置かれてるのかを説明してくれ」


 俺は洞窟の地面にどかりと尻を落ち着け、アトリに話を振った。

 少し時間を置いたからか、アトリは落ち着いた様子で口を開く。


「ええ。まずは、わたしがなぜこんな洞窟にいるか……そこから説明します」


 アトリの口調が、当初より打ち解けたものに変わっている。

 そのことに気づいてくすぐったい思いを噛み締めながら、彼女の話に耳を傾けた。


「先ほども言いましたが、わたしの祖国であるバルディア王国は、昨夜、魔物の襲撃によって滅ぼされました。わたしは王都から離れていたことと、従者たちの助けがあってなんとか落ち延びることができましたが……このままここにいては、遠からず魔物の追手に見つかってしまうでしょう」

「なるほど。とりあえず、真っ先にやるべきなのは移動ってことか」

「厳密に言えば、『魔物の追手から確実に逃れられる場所』への移動ですね」

「ふむ。例えば……街とかか?」


 言いつつ、俺は自分がどこにいるのかさえわかっていないことに気づく。

 まぁ洞窟なんてもんがある時点で、街中でないことは間違いないと思うが……


「そうですね。まずは街にたどりつくことを目標とすべきでしょう。ただ……」

「街に入ったからって安全なわけじゃない、だろ?」


 俺の切り返しに、アトリは沈痛な面持ちでうなずいた。


 この世界の文明がどれだけ発達しているかはわからんが、王制の国があって、生まれや種族で差別されるような世界であることは間違いない。

 当然、珍妙な服装をした俺はもちろん、ハーフエルフのアトリも注目を浴び、よからぬ連中にも目をつけられることだろう。


 加えて――アトリの中の邪神を気取られれば、状況は魔物に追われているのと大差なくなる。

 魔物がどのくらいえげつないのかは知らないが、人間のえげつなさについては俺もよく知っているつもりだ。


「ま、そのへんは仕方ないさ。街があんまりひどいようだったら、次の逃げ場所を考えればいい。それに、魔物の追手を人間たちにぶつけられれば一石二鳥だしな」

「セツナ……様は、本当に容赦がないですね」

「セツナでいいぞ。あんたには恨まれこそしても、敬われることをした覚えはないしな」

「……そんなことありませんよ」


 言って、アトリは年相応の少女らしいあどけない笑顔を浮かべた。


「少なくとも……セツナは、わたしに初めて『生きろ』って言ってくれた人ですから」


 真っ直ぐに瞳を見つめて言われ、俺は動揺して目をそらしてしまった。


「そ、そんなことより、さっさと今後の方針を決めるぞ」

「はい」


 くすくすと笑いながら、アトリがうなずいてくる。

 こいつ、なんか急に余裕が出てきやがったな……


「では、第一目標を街にたどり着くこととして、この周辺の地理について簡単に説明します」

「頼む」

「まずわたしたちの現在位置ですが……この洞窟はバルディア王国の西の外れ、ギジェン帝国との国境沿いの森に位置しています。砦から出た時は馬車に乗っていたのですが、途中で魔物の襲撃に遭ってしまい……従者たちが馬車を使っておとりを買って出てくれたおかげで、わたしはなんとかこの洞窟までたどり着けました」

「……そうか」


 慰めの言葉でもかけるべきなのかと悩んだが、結局俺はそれ以上なにも言わなかった。

 それでも、アトリはこちらの思いを察したようだった。苦笑してかぶりを振った。


「お気になさらないでください。彼らも精鋭ですから、決して魔物に引けを取ることはないでしょう」

「なら、合流する方向で動いてみるか?」

「それができればよいのですが、森の中では捜索は困難だと思います。あちらもわたしを捜索して動き回っているでしょうし、それに……」

「……そうだったな」


 アトリの護衛ということは、バルディア王国の正規兵ということだ。

 当然、彼らの行動指針は国王と同じはずで、人里についたらアトリをまた幽閉するに違いない。下手をすれば、魔物の手に渡る前に、アトリを始末しようとすら考えるかもしれない。


「なら、さっさと街を目指すに限るな」

「はい。ここからだと、ギジェン帝国領の城塞都市ヴェラードが近いので、まっすぐ西を目指すのがよいかと思います」

「ここからだと、徒歩でどのくらいかかるんだ?」

「それが……その、わたしは外出が禁止されていて、実際に森を越えたことはないので、なんとも……」

「あー…………そりゃそうだな。悪かった」


 よくよく考えてみれば、アトリはほとんど砦に閉じ込められた育ってきたとんでもない箱入り娘だ。

 アトリ本人に罪はないが、この世界の常識とかの面では、実は俺と同じくらいポンコツなのかもしれないな……


 おおまかな方針が決まったところで、俺はふと湧いた疑問を口にしてみることにした。


「そういや……王都が陥落かんらくしたって言ってたが、間違いないのか?」

「わたしもこの目で王都の状況を見たわけではありませんが、王都から王の書簡を持った伝令が来ていました。王の書簡に施される封印は特殊な魔法によるものなので、信頼性はかなり高いです」

「……そうか」

「なにか気になることでも?」


 アトリが不思議そうに首をかしげるので、俺は素直に思ったことを口にしてみた。


「いや、この世界の常識には疎いんだが……国の首都って、そう簡単に落とせるもんなのかと思ってな。王都ってのは、だいたい領土の中央付近にあるもんだろ? そこに攻め込もうと思ったら、王都より先に周りの都市から援軍要請が来そうなもんじゃないか?」

「確かに……言われてみると、かなり不自然ですね」

「そもそも王都から真っ先に来たのも、援軍要請じゃなくて『王都が滅んだ』って報告なわけだろ? 言い換えれば、援軍要請を出す間もなく、王都が魔物の大群に襲われたってことになる。ってことは……」

「まさか……王都に突然、魔物の大群が出現したと……?」

「……そう思ったんだが」


 こっちの世界では、そういうことがありうるのか?――と、俺は目で問いかける。

 アトリはあごに人差し指を添え、顔を蒼白にしながらうなずいた。


「……なるほど。確かに、その可能性は十分あります。王都には魔物向けの強力な結界が張ってあるので、本来魔物の大群に攻められても大丈夫なはずなのですが……もし王都の中に魔物の内通者がいて、大量の魔物を召喚したとすれば……」

「まぁ、あくまで憶測だけどな」


 だが、これで街に入っても油断できない理由が、またひとつ増えてしまった。


 人間側にも、魔物とつながっているやつがいる。少なくとも、その可能性がある。

 それだけでも、アトリが怯える理由としては十分だろう。


 俺は安心させるように、アトリの頭にぽんと手を置いた。


「ま、考えすぎてもしょうがない。そういう可能性もある、ってことだけでも頭に留めておこう」

「……そう、ですね」


 ぽん、ぽん、と子どもをあやすように、アトリの頭を優しく叩く。

 そうしている内に、アトリは顔色がよくなり、口元に笑みが浮かび始めた。


「…………まったく、セツナはすごいですね」

「? なにがだよ?」

「わたし、こんな短時間で赤くなったり青くなったり、怯えたり安心したり……そんなの、生まれて初めてですよ?」


 上目遣いで見上げてくるアトリは壮絶にかわいらしいが、俺は別のことに気を取られていた。


 今の言葉だけで、アトリが今までどれだけ心を殺して生きてきたかがわかる。

 …………やっぱり、こいつを死なせたくないな。今まで不幸だった分だけ、幸福を取り返してやりたい。

 その思いが自己投影や自己満足から来るものだとしても、俺は絶対にこの気持ちを曲げる気はなかった。


 だから、俺は今後のために確認すべき話題を口にする。


「じゃあ、次は――勇者について教えてくれ」

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