第51話 ソフトターゲット

 でも、多摩川の方から聞こえたみたいだけど。


「今のは警告だな。人のいないところで、一発爆発させたんだろ」

「警告って?」

「わかったろ。さあ、ここから逃げるんだ」

「爆弾て……どのくらいの威力なの?」

「さあ? やつら、弁当箱ぐらいの箱を五つ持っていたけど、火薬に何を使ってるかわからない。黒色火薬ならたいした事ないが、トリ・ニトロ・トルエンだとしたら、この建物は跡形もなく吹き飛ぶ」

「跡形もなく?」


 ママと買い物を楽しんだここが無くなる。真君とデートしたここが……


「さあ、逃げよう」

「でも、糸魚川君が……」

「あんな奴、放っておけよ」

「そんなのだめだよ。リアルを探しに行ってくれたんだよ」

「それは……」

「それに、何でここが狙われなきゃいけないの?」

「だから、奴らは仲間の奪還を……」

「そんな事聞いてない。なんでここなのよ? 政府を脅迫したかったら、国会議事堂でも首相官邸でも狙えば良いじゃない。なんで関係ないショッピングセンターを狙うのよ」

「ソフトターゲットって奴さ。警戒厳重な政府や軍の施設を狙うのは難しい。だから、最近のテロリストは警備がゆるくて大きな被害が出せる民間のショッピングセンターを狙うようになったんだ」


 リアルはパソコンを操作した。

 画面が切り替わる。

 そこに映ったのは新聞記事。たぶん、リアルが最近読んだものだと思うけど、そこには

『シーガーディアンのメンバー逮捕』の見出しがあった。


「これは?」

「昨日の夕刊。奴らここ数日の間、東京都庁や六本木ヒルズに爆弾を仕掛けようとして逮捕されている。もう、奴らは監視カメラまみれの都心には近付けないんだよ。だから郊外のショッピングセンターに狙いをつけたんだな」

「だけど、ここで働いている人や、買い物している人達になんの恨みがあるの? ここにいる人達に、シーガーディアンなんて関係ない。なんで巻き込まれなきゃいけないの!?」

「テロリストというのはそういうものなんだよ。自分を絶対の正義だと信じ込み、その正義のためならどんなことだって正当化する。目的のために誰を傷つけようと構わない」 

「リアルは、そんな人達と戦ってたんだね」

「え? ああ、そうだな」

「あたし……逃げたくない」

「なに言ってるんだよ!? 爆弾が怖くないのか?」

「怖いよ。めちゃくちゃ怖い。でも、このまま放っておくと、大勢の人が死ぬんだよ」

「でもな、俺達がここに残って何ができる?」

「警察に知らせるぐらいなら」

「それは無意味だ」

「どうして?」

「奴らはすでに犯行声明を出している。警察や自衛隊が建物に近づいたら爆破すると言ってた。もちろん、利用客を逃がすような事をしても。さっきの爆発はその警告だよ」

「そんな」

「もっとも、警察だって気がつかれないように展開しているだろうな」

「え?」


 爆音が聞こえてきたのはその時。空を見上げると一台のヘリが通り過ぎていく。


「民間機に偽装しているが、あれは警察だな」

「でも、警察が展開している事がばれたら、ここは爆破されちゃうんでしょ」

「ああ」

「リアルの手で解除できないの?」

「俺は奴らがどこに爆弾を仕掛けたかは見た。しかし、俺は猫の身体だ。解除はできない」

「やり方を教えて。あたしがやる」


 リアルはため息を一つついた。


「シロートに解除なんて無理だ。だができることはある」

「どうするの?」

「見たところに爆弾にセンサーの類はない。だから、設置場所から外すのは簡単だ」

「そっか!! それを人のいないところに捨てるのね」

「だが、爆弾はいつ爆発するかわからないぞ。それでもやるか?」

「やる」


 本当言うと、今すぐ逃げ出したいほど怖い。


 怖いけど……あたしの中からフツフツと沸いてくる怒りが逃げる事を拒んでいた。


 なんであたしが、逃げなければいけないの? なんで、好きなものを奪われなければいけないの? あたし達はただ普通に暮らしたいだけなのに……なんで、テロリストの歪んだ正義感のために、普通の暮らしが奪われるの?


 そんなの間違っている! そんな許せない! 許しちゃいけない。


 邪魔してやる。徹底的に邪魔してやる。


 だから、あたしは逃げない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る