第38話 読書タイム

「とにかく、一時間目はどうせ自習だから、出席しなくたって平気よ。二時間目までここに隠れてよう」

「うん。わかった。そうするよ」


 そう言って、糸魚川君は本を物色し一冊の本を取った。


 『未来形J』


 大沢在昌か。パパが大沢在昌のファンで本棚に本がいっぱいあるけど、これは見かけなかったな。


「ハードボイルドが好きなの?」

「そうだけど、この本は大沢在昌にしては、珍しく一種のファンタジー小説なんだ」

「へえ、大沢在昌ってファンタジーも書くんだ」

「しかも、これは最初はケータイ小説だったんだって」

「ええ!?」


 ううん、ハードボイルドの大御所がケータイ小説? ギャップがあり過ぎる。


「ただし、これが書かれた頃は今風のケータイ小説はなくて、これからの時代は携帯電話で小説を読む時代がくるだろうからと、携帯電話会社が大沢在昌に依頼して書いてもらったんだって」

「そうなんだ」


 今度、パパに教えてあげよ。

 さて、あたしも本棚を物色……あら?


 『ゴーストガールズ』


 この前、休み時間に途中まで読んだ本だ。

 翌日続きを読もうとしたら、誰かか借りていて読めなかった。

 内容は、確か、死んだ覚えがないのにいつの間にか幽霊になっていた女子高生、辻村つじむら珠美たまみが主人公。一度は霊界に行くが「おまえはまだ死んでいない」と追い返される。だが、現世に戻っても肉体が見つからない。霊能者に協力してもらって肉体探しをするところまで読んだっけ。

 その後、本屋で買おうかと思ったけど買えなかった。調べたら自費出版本で、五百部しか刷られていない超レア本だったらしい。 

 戻ってきてたんだ。


 ではさっそく……


「美樹本さん」


 結末までもう少しというところで、糸魚川君が背後から声をかけてきた。


「なに?」

「この前の連中ってなんなの?」

「え?」

「ほら、この前、君の猫を追い回していた奴ら」

「詳しくはわからないけど、このあたりで、黒猫を誘拐している人達がいるのよ。一昨日はあたしの猫が狙われたんだわ」

「黒猫なんか捕まえてどうするんだろ?」

「さあ?」


 実はリアルを探してるとわかってるんだけどね。


「でも、あの時は本当にありがとう」

「そんなたいした事じゃないよ。あいつらがサイレンに騙されてくれたからさ」

「でも、あたしあの時、凄く怖くて、糸魚川君が来てくれなかったら……」

「それはいいけど、美樹本さんが今、僕を助けてくれたのは一昨日の事があるからなの?」

「それもあるけど……あたしもよく虐められたのよ。石動に……」

「え? あいつ、女の子も虐めるの? 最低」

「小学生の時だけどね」

「いや、小学生だって女の子に暴力ふるうなんていけないよ」

「もちろんよ。でもね、あたしがいじめられると、仕返ししてくれる男の子がいたの」

「へえ」

「クラスが違っていたから、いつもってわけに行かなかったけど。中学になってからは彼と同じクラスになって席も隣になったから、石動もあたしに手が出せなくなったのよ」

「隣の席? という事は僕が今座ってる席?」

「うん」

「その男の子は?」

「交通事故で……この前……」

「そうか。だから僕が座った時に……」

「そんな事があるから、糸魚川君が石動にイジメられているのを見て、今度はあたしが助けなきゃと思って……」

「やさしいんだね。美樹本さん」

「そんな事……ないよ」


 そう。あたしは、人から『やさしい』なんて言ってもらえる資格はない。

 今回の事だって、結局あたしが石動を陥れようとしたから。

 やさしい人間はそんな事しない。

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