第4話 南氷洋波高し その二

 エンジン、発電機、通信機、操舵室。俺達は次々と爆弾を仕掛けていく。どこに爆弾を仕掛けるかは、航海中にトロンが決めていた。爆弾の威力はそれほど大きくないが、デリケートな機械を修復不能にするには十分。

 船ごと沈めてしまえば楽なのだが、そうもいかないらしい。殺人は人道上許可できないというのが総理大臣からのお達しだ。ようするに作戦が万が一発覚した時に責任を取りたくないからだろうけど。

 まあ、俺としてもできれば人殺しはしたくない。猫のくせに変な奴と思うかもしれないが…… 今回の作戦はシー・ガーディアンの高速船をシャチ達が沈めて、その後で母船を俺とトロンで動けなくした後、海上保安庁の巡視船が救助するという手筈だ。なぜ、こいつらを救助するかと言えば、南氷洋は公海なので日本の海上保安庁に逮捕権はない。だが、遭難者を救助する義務はある。だから、巡視船はあくまでも救助という名目で奴らを巡視船に乗り込ませた後、改めて逮捕するという寸法。

人間て本当、ややっこしい事するね。


「おい、リアル。様子がおかしいぞ」


 トロンがそう言ったのは、レーダー塔の上で俺がレーダーの配線に爆弾を張り付けた時だった。振り向くとトロンが不安げにiPhoneを操作している。

 俺達の頭上でレーダーのアンテナがクルクル回っていた。下では甲板で騒いでいる人間達の様子がよく見える。何か、口論しているようだ。

 よく聞き取れないが、どうやらシャチをどうするかで揉めてるらしい。

 まあ、当然だろう。

 いやしくも、動物保護を旗印に上げてる団体がシャチを撃ったりしたら大事だ。それこそ、日本政府の思う壺。しかし動物が好きで集まってきた奴らが本当にシャチを撃ったりはしないだろう。

 それはともかく、トロンは何を不安げiPhoneを見ているんだ?


「様子がおかしいって、何が?」

「奴ら、動画配信を止めたぞ」

「動画配信?」

「ほら、あいつらいつも捕鯨船を妨害する時は何台ものカメラを設置して、その様子をネットで世界中に流しているだろ」

「ああ」


 自分たちの正当性を訴えるために、捕鯨船と戦う時はその映像を常に流していると聞いていた。俺は実際にそれを見たことはない。俺が見たのは奴らが資金調達のために販売するDVD用に編集した映像だけだ。

 それはともかく、リアルタイムでの動画配信を止めたらしいが何でだろう?


「故障じゃないの?」

「違うよ。ほら、見て」


 トロンはiPhoneを俺に見せる。

 あれ? 動画止まってないじゃないか?

 iPhoneの画面では、シー・ガーディアン達が高速艇にから捕鯨船に向かって薬品入りの瓶を投げつけている。


「止まってないじゃない?」

「よく見ろよ。こんな事が実際に起きてるか?」


 俺達はちょうどレーダー塔にいるので遠くの様子がよく見える。

 俺は双眼鏡を当てて、〈朝日丸〉の方を見た。

 なるほど。高速船は〈朝日丸〉を攻撃するどころかシャチに威嚇されて逃げ回っていた。すでに五隻のうち、二隻は転覆している。

 残った三隻はシャチから逃げ回る一方、海に投げ出された仲間を救助するのに精一杯で、とても〈朝日丸〉を攻撃するどころではない。

 見ている間にまた一隻転覆した。


「動画と全然違うじゃないか」

「分かったろ。今、動画配信しているのはリアルタイムの実況じゃない。過去の録画だ」

「何のために?」

「しばらく、この船に乗り込んでいたおかげで、奴らの手口が分かったんだが、やつら都合が悪くなると、実況をやめて録画に切り替える手筈になっているんだ」

「きったねえ。それで世界を騙していたのか」

「とにかく、爆弾はもう仕掛けたし、俺はコンピュータールームに行って、もう一度実況中継を再開させてやる。奴らの無様な様子を世界中に見せてやるんだ」


 トロンはレーダー塔から降りて、窓から船室に入っていった。

 さてと。

 俺は再び双眼鏡を当てた。

 さっきのシャチがこっちへ向かってくる。

 背中には、二人の人間を乗せていた。

 そうか。高速艇の乗員を救助してこっちへ返そうというつもりだな。三頭のシャチにはそれぞれ紫電、桜花、菊花と名前が付いている。こっちへ向かってくるのは背鰭の付いてる番号から、桜花のようだ。日本から来る途中、時々彼女の背中によく乗せてもらった。

 俺はレーダー塔から降りて甲板へ向かう。

 人間達は足下に俺がいてもほとんど気が付かない。

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