空手家VS羆


「大人が羆に負けるわけないんだが?」


時は戻った。

戦いの覚悟を決めた若瀬わかせが、とうとう羆と向かい合った。

若瀬の身長は約180cm、羆の体躯はそれを更に上回る。

若瀬は羆を見上げ、羆は若瀬を見下す。そのような差がある。

そして、それ以上にウエイトの差が凄まじい。

無駄を極限まで省いた筋肉の芸術品――それが若瀬の肉体である。

それに対して、羆の肉体は一言で言うのならば大木だ。

胴体が太い、頭が太い、当然それを支える足も太い。

ならば腕はどうか、大木から伸びる二本の枝は――当然太い。

そして、その毛皮は当然のように分厚い。

銃弾を通さぬ、チュパカブラのジェット噴射吸血を通さぬ、

生半可な空手家の拳ならば、殴ったほうが折れてしまう。

大きく、太く、厚い――シンプルな生物としての強さを羆は有している。


「か、勝てねぇ!」

「羆の平均IQは280!それを上回る貸駒を一蹴する化け物羆が相手だぞ!」

周りの男衆が叫ぶ、外部から助けが来たという喜びは無い。

羆に植え付けられた恐怖――それだけが彼らを支配していた。


「お兄ちゃん……私も……♡」

「……わかってねぇな」

「っ!」

羆に背を向け、若瀬は殺死天ころしてにデコピンを見舞う。

「命の価値ってのをわかってねぇ、羆と相打ちになってどうすんだ」

「…………」


殺死天が貸駒を庇って立ち向かったことに、何の勝因も無かったわけではない。

創造妊娠――貸駒の血液と性交を行い、毒物を妊娠。

自身が喰われることで羆を殺す、あるいは何の意味も無いただの自殺かもしれない。

しかし、目の前で奪われる命に対して何もしないことを殺死天は否定した。


「……マンドラゴラ」

「あ???」

「マンドラゴラを育てて送った先から、たまに手紙が届くんだ……♡

 元気になりました、ありがとうって……」

マンドラゴラを如何に使用したか、

その患者がどのような人物なのか、殺死天は知らない。

顔もわからなければ、声もわからない。

けれど――それで誰かの命が助かっているというのならば、

マンドラゴラを育てていきたい。逃げ出すこと無く、最後まで。

だから、殺死天はここにいる。

そして男衆も立ち向かうことも出来ないくせに、やはりここにいる。

貸駒はなんか知らんけど来た。


「ガキのくせにプライドだけは立派だな……」

くすりと若瀬が笑う。

そして、殺死天達に背を向けて手をひらひらと振った。


「んじゃあ、後は俺に任せとけや」

「お兄ちゃん……♡」


「グマアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

地獄の底から響き渡るような咆哮が響き渡った。

羆の身体能力はジェット噴射無しでチュパカブラ級高速移動を可能にする。

超巨体が超高速で若瀬に迫る。

回避することは出来ない、回避すればそれは殺死天と貸駒を潰すだろう。


「……行くぞ」

腰を深く落とし、若瀬は迎撃の態勢を取った。

靴は履いていない、土の感触がやけによく伝わる。

まるで根を張ったようだ。


「グーテンモルゲエエエエエエエエエエエン!!!!!!!!」

「空手ビーム」


世界が一瞬、白く染まった。

空手の奥義である容赦なき熱線放射が羆を撃った。

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