哀しい雨
星樹 涼
第1話
……どうして私はこんな雨の日に立ち尽くしているんだろう……
ふとそう思う。頭がぼーっとする。いつの間に泣いていたのか、瞼が重い。ただ心がずっと、何かが足りないって悲鳴をあげている。でも、だけど、「何か」じゃない……。
(あの時、喧嘩しなければ。仲直りしようって呼び出さなければ)
また頬を伝う後悔の熱い雫が、雨の冷たい雫と一緒に流れて、混ざりあって溶けていく。
これはきっと、ワガママになっていた罰。あの人も、私も。付き合い始めた頃は傍にいられるだけでよかったはずなのに。
さよなら。
貴方が最期に流した涙も。貴方が最期に言った
「大丈夫。俺は君と一緒に生きるから。泣かないで」
って優しい嘘も。全てが愛おしかった。今でも、忘れられない。
哀しい夢でもいい、貴方が出てきてくれるなら、どうか覚めないで。手を伸ばしたら触れられそうなその距離に、貴方がいるから。だから夢でも言い、どうか。
冷たい雨が肩を、足を、地面を叩く。降り続く雨。手を上げてこちらに気付いたサインをくれた貴方。減速すらしない車。鈍い音。長くも短い空白の時間。雨の下広がる赤い湖。白くなっていく貴方の頬。遠くから聞こえる騒ぎ声。赤い光と、サイレンの音。
どれだけ激しい雨も、流してくれた涙も、きっと俺がいない季節を重ねるうちに霞んでいくのだろう。忙しなく車の窓を叩く雨音。君の涙も。どうしてこんなに純粋で、恐ろしい程に無邪気なんだろう。
(俺がいなくなったあとも、きっと君は一人じゃない。君は……幸せになれる。なって欲しい)
安心するべきことのはずだ。だけど。
(誰かが……俺じゃない誰かが、君の傍にいる)
そんな悲しみが俺に寄り添って。心が空っぽになった気がして。
さよなら。君の頬に光る涙も、
「貴方だけを愛し続ける」
優しい嘘さえも、全てが愛おしい。これが夢だというなら、この命絶えた後に見ている夢だというなら。どうかこんなに哀しい夢だとしても覚めないで欲しい。覚めてしまった暗闇の中では君をきっと忘れていってしまうから。君に忘れられてしまうから。
今はまだ生と死の狭間で微睡んでいて、「俺を忘れて幸せになってくれ」という願いを抱いて、いや、抱くことが正しいはずなのに、「俺を忘れないで欲しい」そんな自分の心さえ騙せずにいて、
願ったことはたったひとつだけ
せめて心にやさしい嘘を。死に行く俺に、本心からじゃなくていい、「忘れない」と、やさしい嘘を。君からの。最後の詞葉を。
さよなら。
貴方が最期に流した涙も。貴方が最期に言った
「大丈夫。俺は君と一緒に生きるから。泣かないで」
って優しい嘘も。全てが愛おしかった。たとえそれが哀しい夢であっても、貴方が出てきてくれるならどうか。覚めないで。手を伸ばしたら触れられそうなその距離に、貴方がいる。
さよなら。君の頬に光る涙も、
「貴方だけを愛し続ける」
優しい嘘さえも、全てが愛おしかった。これが夢だというなら、この命絶えた後に見た夢だというなら。どうかこんなに哀しい夢だとしても覚めないで欲しい。深い暗闇の中では君が朧気になっていくから。君の中の俺が薄くなっていくから。
冷たい雨が黒い服の集団の上に降り注いで。目の前の木の箱の中には貴方がいて。その上の方の額縁の中にも貴方がいて。笑っていて。最期の瞬間にあなたの頬を伝った一粒の雨。今となってはそれが冷たかったのか温かかったのか知りようもないけれど。貴方が付いたやさしい嘘を本当にするために。私が言った心からの本音をやさしい嘘にしないために。
暗くなり人が少なくなったその場所で。
「お願い、二人きりにしてください」
そう頼み込んだその時間で。
あなたのいちばんちかくで、あなたのえがおとすごすために。いまはむりでも、つぎならきっと。だから、ねぇ、みんな。
さよなら。
〈哀しい雨〉
哀しい雨 星樹 涼 @Re3s_Hoshinoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます