第30話

 三十一になった幸子は銀座を出て、錦糸町の店に移る。

 幸子はそこでももう結果を出すことはできなかった。

 十年の間に八回ほど店を移り、錦糸町を離れた。

 そして、幸子は亀戸のスナックで働くようになった。雇われママだ。

 四十一の幸子の前にあらわれたのは、同じ団地に住んでいた同級生の太一だった。まともに中学に通わなかった幸子にとって、懐かしさなどというものは当然ない。共有する思い出も皆無だ。

 それでも太一は幸子に夢中になった。毎日店に通ってきては、幸子のそばを離れなかった。

 幸子はおかしな男もいるものだと、太一を嘲笑った。

 ある夜、店に誰もいないとき、酔った幸子は太一に聞いた。

「どうして私なんかがいいの? こんな目元も頬も垂れ下がったほうれい線お化けのどこがいいの? しつけの悪いブルドッグみたいな顔した女の、どこがいいの?」

 このころの幸子はさすがに自身の容姿の衰えを認識していた。

「そんなことない、そんなことない」

 幸子と同様に酔っ払い、赤い顔をした太一が下を向いたまま、必死に頭を振った。

「変なの~」

 そのとき、太一が幸子を押し倒した。

「きゃっ」

 何度も酒をこぼしたせいでところどころ変色しているソファの背が、幸子の目にはいる。

 幸子は太一を見てはいないかった。

「好きだ」

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