第29話

 三十代になった途端、井戸の水が枯れるように幸子にツキがなくなった。

 実は幸子が失っていたのはツキではない。そう思っていたのは幸子だけである。

 三十になった幸子は、もう美しい女とは言えなくなっていた。

 唯一の拠り所であった「美しさ」が幸子から離れていってしまったのだ。

 幸子の顔は年をとればとるほど醜くなる類のものだった。

 キリリと切れ上がっていた目尻はだらしなく垂れ下がり、同じように口角も不機嫌を表すかのように下がっていった。

 ケアを怠った目元は緩み、皺ぶき、黒ずんでいた。幸子は年より五つは老けてみえた。

 加齢で美しさや余裕が増していく女もいれば、幸子のように十代の半ばに美しさのピークを迎える女もいる。

 享楽のなかで自身は見失っていたが、幸子の容姿は坂を転げ落ちるように衰えていたのである。

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