第3話

「きれいな顔してる奴なんて馬鹿ばっかりだ。ろくな奴がいない」

 そう言いながら、母は幸子を撫でながらこう続けるのだ。

「幸子は特別だ。天使みたいにかわいい子だ。あんたはアイドルになれる。それから大女優だ。きっと大金持ちになれるよ。その顔のおかげで」

 顔も心も醜い女。幸子はそう思いながら、母に向かって大きく笑った。

 まずはアイドルになるための訓練だ。

 早く成功すれば、早くこの女から離れられる。幸子は母から離れ、父を探し、一緒に暮らしたいと思っていた。

 しかし、父と再会することはなかった。

 幸子は部屋を振り返った。

 そこには相変わらず太一が倒れたままになっている。

 太一と幸子は同じ団地に暮らす同級生だった。

 太一はずっと団地を出ず、両親を喪い、今は一人暮らしだ。

 幸子はいったんは家を出たが(その間に祖父母は亡くなっていた)、羽振りが悪くなり母の元へ戻った。母との折り合いは当然悪い。

 ここに住んで三十年以上になる。

 この貧乏くさい、貧乏人の集まる団地が大嫌いだった。いつかは絶対に出ていける。そう思っていたのに(一度は出れたが戻るはめになってしまった)。

「天使のままじゃいられなかったからね」

 幸子は鼻から大きく煙を吐き出す。

「ほんとに天使だ」

 最初の夜、太一はそう言いながら何度も幸子を抱いた。

 太一は早かったが、何度もイケる男だった。

「あんただけに新しい夢なんて見せない」

 幸子は火のついて短くなった煙草をぽいと後ろに放り投げた。

 煙草の明かりは夜闇に放物線を描き、消えていった。

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