第27話 訪問終了

「……そんなことがあったんだね」


 俺が同棲することになった経緯を話し終えると、一番に春明さんはそう言った。

 斜め前に座っている環菜さんも、俺の過去を知って気遣われているからかわからないが、先程までよりは雰囲気が穏やかだ。


「まあ、もうそのことは引きずってないですけどね。当時の自分はかなりきつかった覚えがあります」

「こんなに良い先輩の、どこが『つまらない』んですかね?」


 そして、陽菜は少々お怒りのようだ。……なんで?

 ……確かに仲のいい人が「つまらない」とか言って嫌われてたらムカつくか。俺も多分ムカつくし。

 俺のために怒ってくれているのなら嬉しいけど……さっき「陽菜のことが好き」と自覚してしまったから、もしそうだったらなんかちょっと照れるな。

 

「……昔は複数人の中で、自分の地位を守る為に自分に向かないことを無理にやろうとしたりしていましたからね。今みたいに一人でのびのびって感じじゃなく複数の中の一人ってだけだったせいで、何も特徴のない『つまらない人』だったんだと思います」


 あの頃の自分は、どこか生きづらかった気がする。

 特段目立たないように、ただその場に合った発言をしていくだけ。自分を押し殺してまで、周りに合わせようという意識が高かった。


 でも、もう違う。

 自分は複数の中の一人じゃなく、しっかりと「自分」を持っている。

 押し殺したりせず、言いたいことを言いたいように言える。

 例えそれで嫌われ、失われることがあろうとも、今の俺には関係ない。


 今の俺には失いたくないものが、たった一つしかないから。

 

「ははっ、そうかもしれないね。『複数』の中に隠れて仕舞えば、どんなに有能な人材もその能力を存分に出しきれない。……社長の私にも、なんだか響くものがあったよ」

「……それは良かったです」


 自分の失敗談を誰かが参考にするというのは、複雑な心境になるな。その人の助けになることのはずなのに、自分の失敗を乗り越えて成功されたようなものだから、素直に助けたことを喜べない。

 

 なんて、苦笑いをしながらも俺の心の中は複雑なままだったけど。



「―――さて、それではこの辺でお暇させてもらうとしようか」


 その後三十分程全く俺の過去と関係のない、他愛もない話を続けていると、春明さんがそう告げた。

 もしかしたら夕飯時までいるかもしれないと思って夕飯を作る覚悟はしていたが、必要なかったようだ。


 俺と陽菜は二人を玄関まで見送りに行く。

 今回の訪問は、俺と陽菜の環境や、俺自身にも大きな変化を与えた。

 何の負い目もなくこれからの日々を送れるし、陽菜の大切さも再認識できた。

 少し癪に障るが、この機会を作るきっかけとなった姉ちゃんにも感謝しないとだな。……帰ってきたらお礼でも言うか。


「それじゃあ、また会いに来るよ。今度は優斗君のご両親にも挨拶したいものだね」

「そうですね。伝えておきます」


 そして春明さんがドアを開けようとした時、今まで滅多に喋ることのなかった環菜さんが口を開いた。


「最後に一つだけ。……あの紙は何ですか?」


 そう言って彼女が指さしたのは―――『同棲ノ掟』だった。


 あ、やべ。

 もう見慣れてたから隠してなかったわ。

 

 『其ノ五』までは特に変でも何でもない、常識的な掟。

 だが、『其ノ六』は違う。


 『同棲ノ掟・其ノ六』 同棲している間は、私達は家族である。


 当時はなんでこんな掟を追加したかったのかわからなかったが、陽菜の押しに負けて追加したこの掟。

 でも、今ならわかる。


 陽菜は寂しかったのだ。

 

 親にろくに構ってもらえなくて、寂しい思いをしていた。

 そして、言い方は悪いが、俺に依存していたんだろう。家族として自分を構ってくれる存在が欲しかったから。

 ……まあ、今となっては依存してくれてありがたい、と思ってるから、そんなことが分かっても全然気にしないがな。


 それでも、親が見ると思うところがあるだろう。

 俺と陽菜がどうするべきか見つめあいながら焦っていると、不意に笑い声が聞こえた。

 

 声のする方では、環菜さんが笑っていた。


「ふふっ。私達は本当に陽菜に寂しい思いをさせていたんですね、春明さん」

「どうやら、そのようだな」


 環菜さんはこちらを向き、頭を下げた。


「今まで全然構ってあげなくて、ごめんなさい、陽菜。……優斗君も、迷惑をかけたみたいね」

「お母さん……」

「迷惑だなんて、そんな!顔を上げてください、環菜さん」


 俺がそう言うと、環菜さんはゆっくりと顔を上げた。

 その目にはここに入ってきた時のような鋭さはなく、穏やかな目だった。


「これからも陽菜を頼んだわよ」

「っ……はい!」


 環菜さんは俺の返事を聞くと満足そうな顔をして「また来るわ」と言い残し、外に出て行った。

 

「僕からも頼んだよ、優斗君」

「わかりました」


 そして環菜さんの後を追うように、春明さんも帰っていく。


 俺はこの二人に不安がらせることのないように、これからも陽菜を大切にしていくと、心にしっかりと刻んだのだった。


 ちなみに姉ちゃんには陽菜の両親が帰ったら連絡するということになっていたのだが、俺達は姉ちゃんの存在自体を忘れていたため、夜になって家に戻ってきた時、それはもうすごーく拗ねられましたとさ。



☆あとがき

これで両親編終了です。

次話からは再びまったりとした二人の日常を描いていくと思います。

面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

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