第26話 水崎優斗の過去
中学三年生の秋頃。
「ソウ、ケイ、帰ろ〜!」
授業が全て終わって解散になった時、俺は友人の加賀聡介と今地啓太郎を誘って帰ろうとする。
「あ、ごめん今日用事あるんだ」
「俺も。ごめんな、先帰っててくれ」
……最近はずっとこうだ。
数日前から、いつも一緒に帰っていたこの二人が「用事がある」と言って一緒に帰らなくなった。
何かおかしい、とは思ったものの、具体的には何もわからなかった。
ただ、最近色んな人に避けられている気はする。
昼も一緒に食べる人が居なくなったり、休み時間にも人が寄って来なくなった。
いつからこうなっているのか。
俺の記憶が正しければ、避けられ始めたのは四日前だろう。
その日は特に何もない、普通の日だったはずだ。
いつも通り学校に来て、授業を受けて、家に帰る。そんななんの変哲も無い日だった筈なのに、その日から人が寄って来なくなった。
そして、複雑な気持ちになりながらも、俺は二人を置いて先に帰ることにした。
その日の翌日の昼休み。
ほんの少しだけ慣れつつあるぼっち飯を終えトイレに向かっている途中、女子トイレの中から声が聞こえてきた。
前までの俺はクラスの中でも一番賑やかなグループに属していて、親友と呼べるような深さの友達はいなかったものの、それなりに楽しくそのグループで過ごしていた。
女子トイレから聞こえてきた声は、そのグループの中でも発言力のある垢抜けた女子二人の話し声のようだ。
『そういえば最近、水崎のやつ来なくなったな』
『あー、確かにそうだねー。……まあ、正直助かってるよね。向こうから離れていってくれればこっちも楽だし』
『ほんとそれ。あいつ面白くないし、迷惑だったんだよねー』
『そうそう!ほんとつまんない』
幸か不幸か、俺の立っていた位置は彼女達には見えづらかったらしく、俺のことに気付かず去っていった。
でも、俺は動けなかった。
ショックで、ただその場に立ち尽くす。
まさか、自分がそんな風に思われていたなんて、考えてもいなかった。
……いや、もしかしたら気付いていたのかもしれない。
俺が何かを言ったときにみんなの見せる愛想笑いのような微妙な表情。元々自ら俺の元まで人が来ることなんて、滅多に無かった。
そして―――五日前に誰かが言った一言。
『水崎つまんなーい』
気付くべきだったのだ。
その一言だって、俺はその場の冗談だとしか捉えていなかった。
でも、次の日から俺の周りが変わったことで、気づけた筈だ。
俺は自分の甘さを呪った。
誰も悪くない。
皆だって、別に俺のことを虐めているわけではない。無視をされているわけでもなければ、悪意を持って攻撃してくるわけでもない。
単純に、嫌いだから近寄らない。
ただそれだけのことだ。
そう―――悪いのは、そんなことにも気付けなかった自分だ。
次の日、俺は頭が痛いと言って休んだ。
俺がいない間、皆はどんなことを言っているのだろうか。
……何も変わらないだろう。
俺なんかは誰にも必要とされていないのだから。
その日は家でこっそり泣いた。
静かに、でも、枯れるまで涙を流し続けた。
そしてその日から、俺の周りには遂に誰も居なくなった。……いや、元々誰も居なかったのだろうな。
でも、逆にスッキリした。
皆に余計な気を遣わせなくて済む。
迷惑をかけず、ただ一人、ひっそりと日々を送る。
そんな日々の中で俺の支えとなったのが、本だった。
現実と切り離され、人を楽しませるために作られた本の中では、悲しいことがあろうとも、絶対に楽しいことがある。
要するに、本は裏切らないのだ。
そして、俺は本に没頭した。
登下校中も、休み時間中も、家の中でも。
本で知への関心を持った俺は、都会の進学校を受験することにした。
今行っている中学は田舎の中学で、周辺にたった一つしかない中学だ。それは高校も同様で、周りには一つしかない。このまま進学すれば、絶対に皆と一緒になる。
正直、本のおかげでひっそりと過ごせてはいるものの、少し気まずい空気があるのだ。
これが高校でも続くのは、自分も嫌だし相手も嫌だろう。
なので、これを機に都会に出ようと思った。
家族にも「好きにすれば良い」と言われたことが引き金となり、都会の高校に受験することを本格的に決意する。
都会の高校は遠く、今の家からでは通えないだろう。
一人暮らしすることになるかもしれないということも承知で受験勉強を頑張り、隙間時間に少しだけだが料理もしてみた。
運良くその高校に合格し、高校入学と共に一人暮らしも始まった。様々な大きな変化のなかで、新生活など大変なことも沢山あったが、それなりに楽しかった。
そして、学校でも自分の在り方を変えたことも、大きな変化の一つだ。
中学校時代とは違い、最初から友達を作らない。そうやって三年間を過ごすと決めた。
あんな面倒くさい関係はもううんざりだ。それよりは一人で本を読む方がずっと楽だし面白い。
そんな、側からみれば「寂しい」と思われるかもしれない一年間を過ごし、今年もそうだろうなと思っていた二年生初日。
俺の固く閉じていた扉をぶち壊してきた奴がいた。
南陽菜。それがそいつの名前だ。
出会った初日から「居候させて欲しい」と言ってきて、その扉で封じられていた部屋を荒らした。
……でも、不思議と「嫌」だとは思わなかった。
普通に考えて、食費程度で居候させるのはおかしいだろう。
四人がけのテーブルといい、対戦プレイ可能なゲームといい、このことといい、表では友達の存在を迷惑がっているのに、心の奥底では友達を欲しがっていたんだと気付かせてくれたのが、その南陽菜だったのだ。
今では彼女に感謝している。
おかけでこんなに楽しい日々を過ごせてもらっているのだから。
今や俺にとって、陽菜は最も大切な存在になっている。
それこそ、これからもずっと一緒にいたい程に。
―――ああ、もしかすると、俺は陽菜が好きなのかもな。
昨日は思考を放棄したが、過去を振り返ってみて、そう感じてしまった。
……全く、迷惑な奴だな。
折角一人でひっそりと生きていこうと決意していたのに、俺の心の中の大部分に陽菜がいる。失ったらぼっかりと大きな穴が空くくらいに。
でも、ありがとう、陽菜。
俺を無理矢理扉の外に出そうとするんじゃなく、一緒に扉の中にいてくれて。
扉の中は狭いけど、外にいた時よりも充実していた。
もう、お前無しでは生きられないと思うほどに。
それくらい依存してしまう程、大切になっている。
好きだよ、陽菜。
☆あとがき
優斗の過去話を書く予定が、優斗の心の変化メインになってしまいました。
次話で両親編最後になると思います。
面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!
感想を頂けるとなお嬉しいです。
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