第21話 両親とのご対面② (陽菜視点)

『もしもし、陽菜?どうしたの?あなたから電話だなんて珍しいわね』


 何度目かの発信音の後、母が電話に出た。

 父もそうだが、母とも日頃からあまりしゃべらなかった。最近も必要最低限の会話しかしておらず、今から話す内容のせいでもあるが緊張する。


「お母さん、ちょっと話があるんですけど、今大丈夫ですか?」

『……ええ、今は休憩時間よ。ついでに、近くに春明さんもいるわ』

「それは丁度良かったです」


 春明とは私の父であり大企業の社長の名前だ。そして母の名前は環菜という。

 完全に余談なのだが、私の名前は母の「菜」と、太陽のように輝く元気な子になってほしいという思いで付けたらしい。


「―――私、今学校の先輩の家に居候しているんです。一つ上の男の先輩です。……それで、これからもその家で生活していきたいと思っています」


 言い切った。

 しっかり言うことができて内心ほっとするが、まだ終わりではない。むしろ、これからが本番だ。

 緊張で思わずつばを飲み込み。 

 母が少しでも話を聞いてくれる気があればなんとかなるかもしれない。

 しかし―――


『……陽菜、うちに帰ってきなさい』


 先程までより何段かトーンが落ちた声で、そう言われた。

 有無を言わせぬ圧力が、電話越しにも感じられる。

 だが、ここで折れるわけにはいかない。大好きな先輩との時間を勝手に減らされたくなどないから。


「ごめんなさい、お母さん。それは嫌です」


 母に反抗したのはいつ以来だろうか。

 色々なことが分かるようになる前のまだ小さい時には何度かわがままを言った記憶があるが、親が仕事で忙しく、自分に構うことができないと認識すると、わがままも言わずただ親の言うことに従ってきた。

 一人暮らしはそんな両親へのちょっとした反抗だったかもしれない。

 でも、今回は堂々と親に反抗した。しっかりと自分の意思を伝えられた。

 たとえどんなに怒られようとも、今回だけは絶対に諦めたくなかった。


『駄目よ。見ず知らずの男と一緒に暮らしていた?危険すぎるわ。すぐに戻ってきなさい』

「嫌です」

『戻ってきなさい』

「絶対に嫌です」

『無理矢理連れて帰るわよ』

「じゃあやってみてください」


 怖い。

 こんなに怖い母の声を聴くのは初めてだ。

 正直に言って、今から先程の発言を取り消して、大人しく実家に戻りたくなってくる。

 でも、絶対にこの場所を離れたくない。先輩と、離れたくない。

 その思いだけで今は耐えている。


 その時、携帯を持っていない方の手に何かが触れた。

 手だ、先輩の。

 力を込めすぎてプルプルしていた私の手を、先輩が握ってくれていた。

 先輩の方をチラッと見ると、先輩は強く頷いていた。それだけで、私はいくらでも頑張れる予感がする。

 改めて自分の中で「絶対にここで暮らし続ける」と固く決意し、私は母の反応を待つ。

 するとその時、母のものではない声がした。


『どうかしたか、環菜?』

『あ、春明さん』


 まずい。ここで父が出てくると、もっと大変なことになるだろう。

 母と同じように、しかし母よりも強い圧力が父にはある。そんな相手が二人もいて、私は耐えられるだろうか?

 ……いや、耐えて見せる。なんとしてでも、先輩と一緒にいたいから。

 母が父に事情を話し終える。

 私はこれから来るであろう言葉に、身を固くする。


『……陽菜、戻りなさい』

「……絶対に、戻りません」

『陽菜!』

「嫌です!絶対に!」


 思わず大声を出してしまう。

 しかし、何故か父はそれ以上何も言ってこなかった。

 しばらくすると、父は再び話してきたが、先程までとは内容が違っていた。


『……陽菜、今そっちにその彼はいるのかい?』


 思ってもいなかった言葉に一瞬戸惑うが、すぐに「います」と答える。


『じゃあ、その彼と変わってくれるかい?』

「……わかりました」


 先輩に携帯を渡す。

 バトンタッチだ。

 何を聞かれるのかわからないが、先輩なら大丈夫。そんな自信が、私にはあった。


「はい、電話変わりました。陽菜さんと同棲させてもらっている、水﨑優斗と言います」


 私達の戦いは、第二段階とでもいうべき場面へと突入した。






☆あとがき

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