第19話 いざ、温泉へ!……とはなりませんでした

 温泉旅行計画を立てた翌日。


「準備は出来たか⁉」

「はい!準備万端です!」

「よ~し!それじゃあ出発だ!」


 勢いよく玄関のドアを開け放とうと、ドアノブを握る力を強める。

 いざ、温泉へ―――


「やっほー優斗!お姉ちゃんが遊びに来たよ~……って、え?」


 急にドアが開き、俺は前に引っ張られる。そして扉を開けた張本人とぶつかった。


「うわっ!……ね、姉ちゃん……?」


 ぶつかった相手は―――俺の姉でした。




「……それで、これはどういうこと?」


 正座させられた俺達の前で、姉―――水﨑綾乃は頭を押さえながら立っていた。

 ……まあそりゃあ頭も痛くなるよな。弟の家に行ったら知らない女と同棲しているのだから。

 ただ一緒にいるだけなら「仲のいい女友達」ということで乗り切れただろう。だが、玄関にはあれを貼っていたのだ。―――そう、『同棲ノ掟』だ。

 あれを見たら同棲していると一目でわかってしまうだろう。それに、ご丁寧に「陽菜」という名前が書かれていた。何やってんだ過去の自分。

 それを見た綾乃は急に頭を抱え始め、「取り敢えずそこに正座」と俺達に言い渡したのである。それが今の状況だ。


 俺が説明をしようとすると、「ここは私が言います」と陽菜にさえぎられる。


「……私が先輩にお願いしたんです。私、中学校までは家族で暮らしてたんですけど、いつも親は仕事で忙しくて家に帰ってこなくて、寂しくて……。それならいっそ一人暮らしをすれば、一人でいることが普通になのだから寂しくないだろうって思って、一人暮らしを始めたんです」


 ……俺も初めて聞くことだった。

 確かに高校生が一人暮らしをするには何かしら理由があるものだ。

 だが、それには触れてほしくない人だっているだろう。……実際俺もあまり触れてほしくはない。

 だから俺は「陽菜が自分から言い出すまでは聞かない」と決めていたのだ。


 それより、陽菜が一人暮らししてたのは親のせいだったのか。

 「一人暮らしなら親がいなくても寂しくない」という考えは、何というか、陽菜らしいなと思った。


「最初のうちは『自分だけの家』ということで浮かれていました。好き勝手に生活しても、誰にも何も言われません。……でも、そんな生活をしていれば当然家は汚くなります。一人暮らしを始めて2週間くらい経つと、部屋はかなりひどい状況でした」


 ……あの時見せてもらった写真はこの時撮ったんだろうな。ほんと、あれはなかなかにひどい状況だった。……ってかまだその部屋片づけてないよな。混沌としたまま放置って……今度片付けに行こう。


「私、家事時全般が本当にできなくて、掃除も洗濯も料理もできないんです。それで、部屋をきれいなまま維持出来ている間のみ一人暮らしが許可されるんですけど、掃除もできないから片付けようもなく……どうしようって悩んでいるときに出会ったのが先輩でした」


 うっ……あの時のセリフを思い出してしまった……。

 なんであんなこと言っちゃったんだろうな。今更ながら、穴があったら入りたい。


「聞けば、一人暮らしで家事もできるそうなので、私を居候にしてくださいと私がお願いしたんです。最初のうちは先輩も拒否していたんですけど、食費を負担すると言ったら思った以上に反応が良くて、こんな風に同棲状態になったんです」

「…………大体の経緯は理解できたわ。でも、なんで優斗なの?あなた可愛いし、女子に頼むとかもできたんじゃない?それか、他のもっとカッコいい男子とか」


 姉ちゃん、最後の余計。確かに俺よりカッコいい人なんて山ほどいるけど、好きでそうなってるんじゃないからね?


「……先輩は人と関わろうとしない、私から見ればものすごく珍しい人でした。中学校時代に私に近づいてくる人は、みんな欲にまみれていました。それに対して先輩は私と距離を置こうとしていたので、『この人なら大丈夫かも』って信用したんです。……女子にはちょっと恥ずかしくて言い出せなかったんですよね。それで、一番気を許せたのが先輩だったっていうだけです」


 ……本当に信用されてたんだな。正直、結構舐められてたんだと思ってたけど。

 ってか、本人のいる前でそういうこと言わないでほしい。なんかむず痒いから。


「……なるほどねぇ。優斗、良かったじゃないか。こんな可愛い後輩に慕われて」

「…………うるせぇ」

「あれ~照れてるんですか、せ~んぱい!」

「…………うぜぇ」


 綾乃がほっぺを、陽菜が脇腹をつんつんしてくる。

 

「……やめろ、くすぐったい」


 二人の手を振り払い、俺は一度立ち上がる。


「まあ、そんな感じで今は陽菜と暮らしてる。相談とか報告しなくてごめん」

「んー、それについては、私はそんな気にしてないかな。むしろ、こんな可愛い子を捕まえた優斗を褒めたいと思う」


 そう言って綾乃は陽菜の頭を撫でる。

 陽菜もされるがままにはなっているが、嫌ではない様子。


「捕まえたって……」

「でも、親に言わないでって言うのは感心しないな。ほら、陽菜ちゃんのご両親も可愛い我が子が見ず知らずの人と暮らしてるって言ったら心配しちゃうでしょう?」

「………確かに、そうですね」


「だから、今からご両親に電話しよう!それで許可が出れば、これからも一緒に心置きなく暮らせるよ!」


「「……は?」」


「え、ちょっと姉ちゃん!流石にそれはいきなり過ぎない⁉」

「そうですよ!もっとほら、心の準備とか必要です!」

「でも、『思い立ったが吉日』とかいうじゃない?やっぱ、折角の機会なんだから電話しよう!……あ、優斗は陽菜ちゃんの電話が終わったらお父さんたちにも掛けるんだよ」

「ええ~~!」


 「思い立ったが吉日」

 この言葉嫌い。





☆あとがき

面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

感想を頂けるとなお嬉しいです。


※新連載『たとえハーレムな状況であろうとも、俺は貴女に好きと伝えたい。』なんですが、やっぱり同時並行で書くのが大変だったので、こっちがキリが良くなるかネタ切れになるかするまで一旦更新やめます。

もしかしたらちょっとずつ更新するかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。

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