第17話 何がしたかったの?

「ああ、家だ〜!帰ってきたぞ〜!」


 家の中に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せてきて、思わずその場にへたり込んだ。


「……先輩、こんなところで寝そべってると踏みますよ?」

「それは勘弁」


 俺は尺取虫の要領で床を這って進んでいったが、背中に圧力がかかり始めたので、急いで立ち上がる。陽菜ってこんなSだったっけ?

 

「……疲れたのはわかりますけど、這って移動すれば服が汚れますよ」


 グサッ!

 まさか陽菜に正論で諭されるとは……もう俺はダメだ。


「あ、私着替えてくるので、その間に着替えておいてくださいね。じゃないと見られても文句言えないですよ」


 私服を持って風呂場に向かった陽菜をぼーっと見ていたが、先程掃除用具となった制服が結構汚れてしまっていることに気付いた。やべっ、明日も学校あるのに。

 急いで着替えを始めて、汚れた制服を洗濯機に突っ込もう……としたが、風呂場は陽菜に占領されているんだったな。また後で洗濯しよう。


 疲れてはいるが、夕食を作らねば。……今度陽菜に料理教えようかな。カレーとかならそんなに難しくないだろうし。


 にしても、今日はどうしようか。

 昨日は昼食の予定だったはずの、かなり麺が伸びたうどんになったので買い物に行く必要はなさそうだな。これで買い物に行かないと何もないとかだったら、絶対にカップラーメンにしてたな。あんま好きじゃないけど。

 

 俺は冷蔵庫の中に入っていた鶏むね肉を取り出した。今日は鶏むね肉のバジルソース焼きにしよう。簡単に作れて美味しく、かつ低カロリーという優れた料理だ。

 肉に切り込みを入れて、火が通りやすくなるように薄く広げていると、着替え終わった陽菜が現れた。


「あ、先輩。今日の夜ご飯なんですか?」

「今日は鶏むね肉のバジルソース焼きにするつもりだ」

「へぇ~そうですか。それじゃあ、楽しみに待っててくださいね」

「ああ。……ん?」


 あれ、なんで「待ってて」なんだ?普通なら「待ってる」だよな……。

 嫌な予感がする。

 追及しようにも、陽菜は鼻歌を歌いながらテレビを点けていて、「もし何か聞かれたとしても答えません」といった雰囲気だ。聞いても無駄だろう。


 そして、さっきの嫌な予感は的中した。




「よし、できたぞ!」

「おお!美味しそうですね!」


 陽菜が目を輝かせている。昨日はうどんでその前はずっとカップラーメンだったらしいから、こういうしっかりとした夕食は久し振りなのだろう。

 皿に盛り付けてテーブルまで運ぶと、陽菜はすでにナイフとフォークを構えていた。かなり楽しみなんだろうな。

 俺も陽菜の向かいに座り、手を合わせる。


「「いただきます」」


 早速肉を切り始めている陽菜を見ながら、俺は肉を焼いている間に作ったスープを飲む。……そういえば包丁は使えないのにナイフは使えるんだな、陽菜のやつ。


「んん!美味しいです!ほら、先輩も肉食べましょう!冷めちゃいますよ!」

「お、おう。そうだな」


 どうしたんだろう。なんかちょっと強引な感じがするぞ……?

 俺はスプーンからナイフとフォークに持ち替え、肉を切り始める。が……


「ほら、先輩。切ってるうちに冷めちゃいますよ。はい、口開けて。あ~ん」

「は、はぁ⁉」

「早くしてください!冷めちゃいます!」


 ちょっと待て。落ち着け、俺。

 恐らく、陽菜は俺のことをからかおうとしているんだろう。絶対そうだ。

 それならいっそ食べてやるか?……いや、昼に似たようなことをしたから、それについては対策しているに違いない。食べてしまったら何か起きるかもしれないな。

 ……ならば、「陽菜のも冷めるからいい」と言って断るのがいいのではないだろうか。本人も「冷めてしまうから」という理由で食べさせようとしているのだから。


 よし、完璧だ。


「……陽菜。そんなことをしてるとお前のも……」

「もうっ!折角『あ~ん』しているんだから、素直に食べてくださいよ!」

「フガッ!」


 ……無理矢理口に突っ込むのはやめておくれ……。喉が詰まっちまう。

 しかし、吐き出すわけにもいかないので頑張って飲み込む。


「美味しいですか、先輩?」

「あぶねぇな!俺今死にかけたぞ!」

「素直に食べない先輩が悪いんですよー。それに、結果的に死んでないならいいじゃないですか」

「いや、苦しかったの!呼吸止まりかけたの!」

 

 むせないようにするのって、結構大変なんだからな!死ななくても死ぬほど苦しいんだよ!


「それで、先輩はもらってばっかりなんですね。返そうとは思わないんですか?流石にそれは男として恥ずかしいですよ」

「べ、別に返すくらいできるっての!」


 そして先程切りかけていた肉を完全に切り離し、フォークに刺して陽菜の口元に持っていく。

 この時俺は自然に「あ~ん」をしていることに気が付かなかった。……まあ、後で気付いて死にたくなるほど悶絶することになるのだが。


「ほら、口開けろ」

「あ~ん」


 パクリ、と陽菜は躊躇なくそれに食らいついた。


「ふふっ、美味しいです」


 陽菜は幸せそうな表情になると、そのまま自分の肉を再び切り始める。


 俺は思わず先程の肉を食べてしまったことで陽菜から何かされるのではないかと、その日はずっと戦々恐々としていた。

 しかし、それから陽菜に何かされるといったことはなかった。……強いて言えば、今日も寝るときに腕に抱き着かれたことくらいだろうか。


……本当に何がしたかったんだろう。





☆あとがき

面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

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※新連載『たとえハーレムな状況であろうとも、俺は貴女に好きと伝えたい。』始めました。

そちらも読んでもらえるとありがたいです。

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