第13話 忙しい朝

 少々音の控えめなアラームが鳴り響き、俺は目を覚ました。

 いつもより音量を下げたのは、隣で幸せそうな表情をしている彼女のためだ。昨日の登校時間が俺と同じのあたり、朝が弱いのだろう。


 陽菜を起こさないようにそーっと立ち上が……れなかった。

 理由は、陽菜が俺の腰に抱き着いていたから。


「え?」


 思わず声を上げてしまう。

 昨日寝た時点では腕に抱き着いていたはずだ。それなのになんで腰に……。


 抱き着かれてると意識した途端、急に体中の感覚が冴える。

 腕よりも密着面積が多く、温かさが体のいたるところで感じられる。昨日も感じていた柔らかさの位置も変わり、今はお腹の辺りにある。

 ……駄目だ、理性が持たない。


「陽菜~!起きてくれ~!」


 俺は陽菜の肩を揺さぶって陽菜を起こすことにした。……たまには早起きも大切だからな。


「むぅ……せんぱい……?」


 そう言いながら陽菜は俺の胸の辺りにぐりぐりと頭を押し付けてきた。

 待って何この可愛い生き物。

 そしてぐりぐりするのに満足したのか、うっすらと目を開けた。


「あ……おはようございます、先輩」

「おう、おはよ……」

「って先輩!」

「うぉっ!どうした急に?」


 一瞬で完全に覚醒した様子になった陽菜は周りをぐるりと見まわして、最後に俺と目が合うと、顔が今までにないくらい赤くなった。りんごと対決できそうだなその赤さ。


「そ、それじゃあ私はもう学校行くので先輩は後からゆっくりどうぞ!」


 陽菜が勢いよく起き上がったかと思うと、そう言ってベッドを飛び降りた。もちろん、着地は失敗だ。

 しかし、その後むくっと起き上がるとその格好のまま外へと飛び出していった。


「……さて、朝ご飯と弁当でも作っかな」


 静かになった部屋で俺も起き上がり、取り敢えず陽菜のいないうちに着替えを済ませることにした。

 ……ちなみに勢いよく飛び出してった陽菜は五分もしないうちに帰ってきた。あとちょっと早ければ俺の着替えと鉢合わせだったな。危ない危ない。




 洗濯機を回したりと一通りの家事を済ませ、制服に着替えた俺達は机を挟んで朝ご飯を食べていた。


「お、先輩この味噌汁美味しいですね」


 こうやっていろいろなものを「美味しい」と言って褒めてくれるのは、作った側としては嬉しい。しかも陽菜は見かけによらず結構よく食べるので、陽菜を見ていると気持ちがいいな。


「あ、そういえば昼用の弁当作っちまったけど良かったか?」

「なぬっ!昼にまで先輩の作ったご飯が食べれるとは……。私は幸せ者です!」

「んな大袈裟な……。まあ、作ったものを美味しく食べてもらえる人がいる俺も、幸せ者だと思うがな」


 ……なんかまた恥ずかしいこと言っちゃった……。

 チラッと陽菜を見る。


「それじゃあ私たち二人とも幸せ者ですね!」


 うわぁお。今の恥ずかしいこと言ったことにノータッチでいてくれるなんて……こいつ、さては照れてるな?


 朝食を二人とも食べ終え、時間もいい具合になった。


「……んじゃ、そろそろ行く準備始めろよ。俺は皿洗いとかしてるから」

「先輩!私も何か手伝います!」

「『其の四』」

「『許可が出るまで陽菜は家事禁止』っ!学校の準備してきます!」

「よろしい」


 そして共用の部屋に入っていくと、まだ新しく傷もない鞄を持った陽菜がすぐに飛び出してきた。


「といってもまだ用意するもの全くないんですけどね~」


 ああ、確かにそうだった。

 それじゃあテレビでも見てて……と言おうと思ったが、そんな落ち着いていられるような奴じゃない。

 ……そうだ!本棚を見てもらおう!

 昨日のうどん待ちの時に目にはついていたかもしれないが、じっくり見てはいないだろう。


「それじゃあ、そこにある本棚でも見とけ。俺の自慢の本棚だ」


 初めて何百冊と並んだ自慢の本棚を自慢できる機会ができたことが、俺は少し嬉しく思った。


「うわぁ、すごいですねぇ……」

「ふふん。だろ?」


 陽菜は壁に並んだ本棚から、時折本を取り出して眺めたりしていた。そして陽菜が本を取り出すたびに、なんだか俺は誇らしくなっていた。


「よし!皿洗い終わりだ!学校行くぞ!」

「はいっ!」


 そうして俺達はの家を出て、学校へと向かったのだった。





☆あとがき

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