第12話 おやすみ

 「同棲ノ掟」制定後、俺達は順番に風呂に入ることになった。

 しかし、ここで譲り合いが発生した。俺と陽菜、どちらも相手を先に入らせようと考えたのだ。


 俺の主張は、「入った後ついでに風呂掃除まで済ませたい」というもので、対する陽菜の主張は、「居候させてもらっている身で家主より先に入るのは厚かましい」というものだった。


 論戦の結果、陽菜が珍しく強く主張していたので俺が折れてしまい、先に入ることとなった。

 とはいえ普段からあまり長風呂しないので、十五分ほどで風呂から上がる。

 ……それにしても、この家になってから人が家にいる状態で風呂に入ったのは初めてだな。次が待っていると考えると少し急いでしまうのか、いつもよりお湯につかっていた時間が短い気がする。陽菜にはゆっくり入っていいと伝えておこう。


 そして陽菜とバトンタッチすると、その時から試練は始まった。

 

 リビングでは陽菜が先程まで見ていたらしいバライティー番組が点いていたので、なんとなくその番組を眺めていたのだが、しばらくするとシャワーの音が聞こえ始めた。

 家に異性と二人きりの状況で、その異性がシャワーを浴びている。変な想像が働いてくる。

 ダメだ、この音を聞いてはならない。

 テレビの音量を上げて徹底的に音をシャットアウトするが……不意に聞こえてくる鼻歌。どんどんと想像が膨らんでいく。

 テレビでは駄目だと判断した俺は、何か別なことを考えて対処しようと考えた。


 そういえばライトノベルや漫画だと、こういう状況ってテンプレだよな。

 ヒロインが風呂に入っていて、時々聞こえてくる音に悶々とさせられる。テレビの音量を上げても気になってしまい、正常な思考回路を維持できなくなりそうなところでヒロインが主人公に物を取り出してほしいと頼んで……


「先輩~、私のスーツケースの中から着替え取り出してください~」


 なんというテンプレ。

 ってか着替えってどこまでだよ!下着も含んでたりしないよな……?


「あ、下着もですから~」


 おい陽菜、お前は人の思考回路が読めるのか。お前が怖くなったよ。

 え、それより下着もって言ったよね……何も持って行かないとか、ポンコツにも度が過ぎるぞ……。


 意を決して陽菜のスーツケースのもとへ行く。

 いざ開けん!と思ったとき、またもや陽菜の声。


「あ、やっぱりスーツケースごと持ってきて下さい」


 なぬ!その手があったか……不覚。

 べ、別に残念がってないから!ほんとだからね!



 

 そうして試練は終わりを迎えた。

 何でだろう、何もしていないのに疲れてしまった。

 その疲労の原因である少女は髪の手入れをしながらスマホをいじっていた。なんか、まさにJKって感じがするな。

 

 そういえば帰りの騒動について友達からなんか言われてたりするのかな?

 俺は友達がいないから連絡先を交換してないけど、陽菜は人気高そうだしいろいろ聞かれてそうだよな。

 もし面倒くさいことになっていたら謝ろうと思いつつ、興味もあったので陽菜に聞いてみる。


「なあ陽菜。今日に帰りの騒動について友達から何んか言われてたりするか?」

「……もしかして先輩リアルJKの会話、気になるんですか?」


 陽菜がニヤニヤしながら聞いてきた。ウザい。


「……まあ気にならないと言ったら嘘になるが、今のは単にお前に迷惑をかけていたら謝ろうと思っただけだ。俺にも責任の一端はあるからな」

「ふーん。ま、そういうことにしておきます」

「いや、嘘言ってないからな……」


 陽菜が聞く耳を持ってくれない……。これが反抗期か。

 

「えーっと、今日の昼頃は……あ」

「どうした?」


 何かを見つけたのか、陽菜の顔が赤くなっている。……つくづく思うけど、陽菜の肌白いから赤くなるのめちゃくちゃわかりやすいんだよな。


「な、なんでもないです!先輩には全く関係ないですから!気にしないでください!いや、絶対に気にしちゃだめです!これは私の秘密ですから!」


 忙しいやつだなあ。

 俺はわたわたしている陽菜からスマホをさっと奪い、画面を確認。


「えーなになに?『二年のぼっち先輩と陽菜って付き合ってるの?』か……って誰がぼっち先輩じゃい!確かにぼっちだけど!」


 ……もしかしてこのことを気遣ってくれたのか?意外と気が利くんだな……んなら何で顔赤いんだろな。ふしぎ。


「わー!返してください!」


 そう言って俺の手からスマホをひったくった。

 そして俺の手から奪い取ったスマホの表面やカバーをじっくり見ている。何やってんだよ。傷ついてるかの確認とかか?俺が触っただけで傷はつかねぇよ。失礼な奴だな、おい。

 

 まあなんにせよ、帰りの一幕のせいで俺と陽菜が付き合ってると勘違いさせてるっぽいな。


「……なんかすまんな。今日の帰りの騒動で、俺と付き合ってるんじゃないかって勘違いさせてるっぽくて。こんなぼっちと付き合ってるなんて思われたら嫌だよな。……あの時俺がもうちょっと周りを見てれば……」

「……別に、嫌じゃ、ないですよ」


 え?


「い、今なんて……?」

「あ……な、何でもないです!そ、それよりもう寝ましょう!明日も学校ありますし!私どこで寝ればいいですか!」

「え、あ、うん、そうだな。もう寝ようか。陽菜は……あそこにおいてあるベッドで寝ていいぞ」

「先輩は?」

「俺は床で全然寝れるから、気にしなくていいぞ」


 すると陽菜はほっぺたを膨らまして睨んできた。そして、俺の腕をとって引っ張っる。


「そんなの申し訳なくてできないです!先輩も一緒にベッドで寝ますよ!ギリギリ二人くらいなら一緒に寝れるでしょう!」

「いや……流石に無理があるだろ。広さ以前に俺男だよ」

「そんなこと気にしてません!先輩は私と寝るの、嫌なんですか?」


 いつになく陽菜の押しが強い。どうしたのだろうか。

 その時の俺はさっきの陽菜がボソッと言ったセリフで混乱していて、正常な判断力が失われてしまっていた。


「……別に嫌じゃない。陽菜がいいなら、そうさせてもらう」

「そうですか。じゃあもう寝ましょう!」


 そう言って陽菜が布団へ入ったので、俺も同じ布団へと入る。

 普通のシングルサイズのベッドなので、二人で寝れば結構きつい。今は何もしていないが、肩と肩が触れ合ってる。

 隣に体温を感じながらの就寝なんて久しぶりだな。親と寝ていたころ以来だろう。

 

 ……だんだんと頭の混乱が収まってきて、状況を把握できるようになってきた。……え、何この状況。なんで俺は陽菜と寝てるんだ?

 記憶では陽菜に押し切られたようだが、さすがにこの状況はまずくないか?


 思考力が復活した俺は布団を抜け出そうと決意……したんだが、そこで陽菜が俺の腕に抱き着いてきた。

 初めて感じる女性ならではの柔らかさ。

 俺の理性は崩壊寸前だ。


「……あのぉ、陽菜さん?ちょっと抱き着くのは……」


 陽菜の顔を見ると、どうやらもう寝ているようだ。

 今日はいろいろあって疲れてるだろうからな。俺が頑張って耐えれば済む話なら、頑張って耐えることにしよう。


 ……しかし、今日はいろいろあったな……。

 定期を拾ったら陽菜に出会って、そこから同棲することになるなんてな……。


「……せんぱぁい~……」


 陽菜がきゅっと先程までより強い力で抱き着いてきた。

 そんな陽菜を見て、思わず頭を撫でてしまう。ほんと可愛いよな、こいつ。


「えへへ~せぇんぱい~」


 寝ているというのに嬉しそうだな。寝ててもわかるものなのかもな。


 そんなことを思って陽菜の顔を見ていると、俺も眠くなった来た。陽菜の顔には睡眠導入の効果でもあるんだろうか?

 アラームがしっかりセットされていることを確認し、俺も目を閉じた。


「おやすみ、陽菜」

「おやすみなさい、先輩」


 起きてたのかよ……。

 そう思いながらも、俺は眠りに落ちていった。




☆あとがき

これで長かった一日目終了です。

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