第10話 せんぱい② (陽菜視点)

 私が一人暮らしを始めたのは、両親が二人とも忙しかったから。

 父親は大きな企業の社長で、家にいることがとても少なかった。母親は父親の付き添いで、同じく家にいることは少ない。

 

 私と一緒にいることが最も長かったのは、うちに来るお手伝いさんだろう。

 家事をしてくれたから日々の暮らしは不便ではなかったが、それでも、寂しさは紛らわせなかった。


 ある時、ふと思いついた。

 「寂しいのならば、一人暮らしをすればいいのではないか?」

 一人で暮らしているのだから、親はいなくて当然。

 寂しかったとしても、一人暮らしと考えれば寂しさは薄れるのではないだろうか。


 そう考えた私は必死に親に交渉して、一人暮らしについて認められることができた。……厳しい条件付きではあったが。

 

 それからの日々は一人暮らしという行為に対する期待でいっぱいで、つまらない学校も苦ではなかった。


 そして中学校を卒業した翌日、私は新しい我が家にいた。

 最初のうちはとても楽しかった。

 自分だけの家。そう考えるとどこか秘密基地にいるような感覚になっていたので、自由な生活を謳歌していたのだが、現実は甘くない。

 自由奔放な生活をすれば、それだけ部屋は荒れていく。

 二週間後には、私の家は秘密基地ではなくゴミ屋敷と思えるまで荒れてしまっていた。


 まずい。

 このままでは元の家に戻ってまた寂しい思いをしなければならない。

 そう思ったので頑張って掃除をしてみる。ダメだ、全く片付く気配がしない。

 料理をやってもすぐ怪我をする。

 

 もう諦めて寂しさを受け入れるしかないか。


 そんな時私の救いになったのは、また先輩だった。


 なんだかんだ言って私を居候させてくれた。

 本人は食費のためと言っていたが、それでも、本当に嬉しかったことに変わりはない。


 その時ふと友達から来ていたメールを思い出す。今日新しく友達になった子だが、気が合ったので結構仲良くなれそうな子からのだ。


『ねえ、もしかして陽菜って水﨑先輩のこと好きなの?』

 

 ああ、もしかして、これが「好き」って気持ちなのかな……。


 私を助けてくれるヒーロー。

 ずっと一緒にいたい。そう思った。

 もっと自分を知ってほしい。もっと先輩のことを知りたい。


 ああ、これが恋なのか。

 私の初めての恋。相手は一つ上の、カッコよくないのにカッコいい先輩。


 ……やっぱり、好きだな。




 こうして先輩のことを異性として意識してしまうと、簡単な誉め言葉でも動揺してしまう。

 何より、これからその先輩の家で暮らすのだ。

 我ながら出会って一日で好きになって同棲というのはチョロすぎはしないだろうか?……まあ好きなものは仕方がないからなあ。


 それにしても、やっぱり緊張する。

 異性の家自体初めてなのに、初めての訪問先が大好きな先輩の家なのだ。

 変なことをしてしまわないか不安で落ち着かない。

 先輩に部屋の中を自由に見て待ってろって言われたけれど、そんな余裕はない。ちょっと緊張がほぐれそうな柔軟とかをやって見てもダメだ。部屋の中にあったもので唯一記憶に残ったのは、様々な本が置いてある大きな本棚だけである。


 それからしばらくすると、先輩のうどんが出来上がったようだ。

 良い匂い。そして見た目も良い。凄いな、自分で料理できちゃうんだ。

 早速うどんを口に運ぶ。


 熱いっ!


 舌をやけどしてしまった。

 またやらかしちゃったな……せっかく作ってくれたのに申し訳ない。


 でも先輩は何も言わずに水を渡してくれた。やっぱり先輩は優しい。取り皿まで持ってくるところは本当にすごいと思う。


 そしてまだ口の中が痛む私のことを気遣ってか、ゲームをしようと言ってきた。

 ゲームはスマホに入れられる簡単なものに触れたくらいだったが、操作方法などをしっかり教えてくれたおかげですぐにできるようになった。


 楽しい。


 友達とゲームをやるなんて、小学生のころ以来だ。

 久しぶりにやったゲームだったから、ということ以外に楽しい理由はあったと思う。

 大好きな人と一緒にゲームをする。その行為が、私にはとても楽しかったのだ。


 ゲームを始めて少し慣れてきた頃、先輩から提案があった。

 曰く、「二十五回プレイして、一位になった回数の多い方が少なかった方に一つ命令ができる」というものだ。


 命令の権利。流石に悪用するつもりはないが、いつかお願いしたいこともあるだろう。頑張って勝ち取っておくことに損はない。


 そして迎えた最終戦。

 最後のコーナーを曲がるとき、思わず自分も一緒に体を曲げていた。

 その時、重心がずれてしまっていたせいで体が倒れる。そう、丁度先輩の方に。


 気付いたら私の頭は先輩の足の上に会った。

 期せずして膝枕状態になっていたのだ。


 私は予想外の出来事に固まってしまった。

 あっ、とレースのことを思いだしたのでテレビ画面を見ると、そこには一位の文字が。


 上を見上げると戸惑った様子の先輩がいた。

 ……照れてる先輩、可愛いな。

 何故か少し意地悪をしたくなった私は、なるべく平静を装って「これも戦略」ということにした。


 すると先輩は悔しそうに負けを認め、要望を聞いてきた。

 どんなことを頼もうか。そんなことを考える暇なく口から言葉が出ていた。


「じゃあ、もう少しこのままでお願いします。……できれば、その……頭も撫でてほしいというか……」


 うわ~~~~何言ってんだろ私!

 恥ずかしい!


 だが以外にも先輩は拒否せず、頭も撫でてくれた。


 頭を撫でてくれている先輩を見て、私はふとこんなことを思った。


 先輩、なんかお父さんみたいだなあ。


 そう考えた瞬間、私は気付いてしまった。


 ……ああ、私は誰かに甘えたかったんだろうな。


 表面を取り繕う必要のない人に自分をさらけ出して、自分の本質をしっかりと見て、褒めてくれる人。そんな人の存在が私は欲しかったのかもしれない。


 別にそれは先輩じゃなくてもよかったのかもしれない。自分を認めてくれる存在であれば。それがたまたま今回は先輩だっただけなのだ。


 そんな今の私に、先輩を好きという資格などない。

 

 途端に先輩に対して申し訳なくなってしまう。

 申し訳なくなって先輩のことを見上げる。


 すると先輩はよくわからないといった表情だったが、それでも私に微笑んでくれた。



 ああ……やっぱり、好きだ。



 私は先輩に依存していただけなのに。

 なのに、そんな私にも微笑んでくれる。

 所詮代わりになる人なんていっぱいいるような相手だというのに。


 どうして「先輩しかいない」と思ってしまうのだろうか。


 それが、今までの依存先としての「好き」から、思いを募らせていく「好き」に変わった瞬間だった。





☆あとがき

この話で陽菜視点は一旦終了です。

これからもちょくちょく挟んでいこうと思ってます。

今までの振り返りという意味を含んでプロローグからを陽菜視点で書いてみました。

「出会って一日で恋に落ちるなんてチョロすぎ!」と思うかもしれませんが、今まで陽菜の周りにいた男は下心があった人ばかりだったので、こういう男性と関わることが無かった陽菜はチョロいです。

面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

感想を頂けるとなお嬉しいです。

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