第8話 レーサーとご褒美

 俺達は今、俺の家……いや、もう俺達の家というべきなのだろうが、そこでレースゲームをしている……はずだよな?


「ヒャッハーーーー!遅い遅い遅い遅いっ!お前達のような雑魚車は黙って道を開けろ!陽菜様のお通りだぞ!」


 陽菜、お前どうしちゃったの……?

 

 俺達は今から三時間前、何ヶ月ぶりかのレースゲームを始めた。

 最初は二人とも上手く制御ができずにいて、順位は余りよくなかった。

 しかしだんだんと体が慣れていったようで、その一時間後にはしっかりとコントロールできるようにはなったのだが……その時久々にゲームを行い、しかも友達(勝手に認定)とできたことに浮かれていた俺はバカみたいな提案をしてしまうのだ。今はその提案をしたことをめちゃくちゃ後悔してる。


その提案とは、「二十五回プレイして、一位になった回数の多い方が少なかった方に一つ命令ができる」というものだ。

 別にその時陽菜にしてほしいことがあったわけではないのだが、「何となく盛り上がりそうだから」と、軽い気持ちで提案したのが間違いだった。


 陽菜はやる気だ。

 何を頼みたいのかは知らないけれど、この必死になっている姿を見ると嫌な予感しかしないな。

 一応常識的な範囲内と設定はしているが、それでも怖い。元が天才の陽菜ならどっかで抜け道を発見し、やばい「お願い」をしかねない。そうでなくとも、負担の大きいいことをやらされるだろう。


 ならば、俺に残された道は絶対に勝つことだけだ!

 ……などど意気込んだはいいものの、その勝負を始めた時から陽菜がずっとこの調子なのだ。マジで調子が狂う。

 しかも本当に速いためたちが悪い。


 今のところ二十四戦七勝七敗十引き分け(この引き分けは二人とも一位をとれなかったときを表す)で、今行っているのがラストゲームだ。

 現在は俺が一位、陽菜が四位だ。先程上手く甲羅を当てることができ、そのおかげで陽菜の順位は下がった。

 しかし、陽菜はそこから怒涛の追い上げを見せ、どんどんと俺に迫ってくる。

 ヤバい、陽菜めっちゃ速い。もう陽菜の順位は二位だ。


「先輩!覚悟おぉっ!」

「負けるものかあぁっ!」


 ラストのコーナーに差し掛かる。

 まだぎりぎり俺が勝ってるようだ。

 このままいけっ!


 その時、俺の膝の上に重みが加わった。


 ん?


 おそるおそる下を見ると……陽菜の頭が俺の膝の上にあった。


 え?どういう状況かなこれ。


 俺がまだ現実を把握しきれてないと、テレビ画面から「ゴールッ!」と音がする。

 俺のキャラはコーナーを曲がり切れずフィールド外に落ちて言っている。……ということは、もしかして……俺とは反対側にある画面に目をやる。

 案の定そこには一位の文字。


 やられた……。


「ふふっ、せーんぱいっ!これも戦略の一つですよ?」


 うわ、マジで負けた。完全なる戦略負けだ。

 陽菜に戦略で負けるとか、屈辱……あ、でもこいつ学年トップの成績か。


「今回は完全に俺の負けだ……要求を聞こうじゃないか」


 うっわ、何言われるか緊張する。

 無難なものであってくれ、頼む……。


「じゃあ、もう少しこのままでお願いします。……できれば、その……頭も撫でてほしいというか……」

「えっ?」


 それだけでいいのか?

 なんかもっと自分に不利益被るものだと思っていたので、少し拍子抜けだ。


「……膝枕……だめ、でしたか?」


 そう言って、真下から俺のことを見上げてくる。

 その瞳には強い願望が見える。まるで、甘えたがっている子供のように。

 気付いたときには頷いていた。


「……いや、単に驚いただけだ。黒歴史暴かれたりとかされるのかもってびくびくしてたからな。俺でいいならやらせてもらうぞ」

「ありがとう、ございます」


 そして陽菜に言って少しポジションを整えさせてもらうと、再び陽菜の頭が膝に乗る。

 自分を奮い立たせると、追加オプションの頭なでなでも実行。……女の子の髪の毛ってこんなに柔らかいんだな。さらさらしてて、良いにおいがする。

 

 陽菜に何があったのかは知らないが、俺がちょっと恥ずかしいのを我慢するだけで陽菜が喜ぶのならば、してあげたいと思った。


 俺はそのまましばらく膝枕を続けたのだった。

 

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