第6話 陽菜ちゃん襲来!

「おー、先輩早いですね」

「お前が遅れてきたんだろうが」

「てへ☆」


 予定の時刻である十二時を三十分も過ぎた頃に、陽菜は待ち合わせ場所へとやってきた。

 一応陽菜が遅刻することは想定していたが、三十分も遅れるとは……まぁ女子の支度には時間がかかるというし、別に咎めるつもりはない。最早これが陽菜の通常運転と認識してしまっているからだろうか。この半日で成長したなぁ、俺。


「……ってか先輩、女子と待ち合わせして一番に言うべきことそれですか?」

「いや、三十分遅刻されたら突っ込みたくなるだろ。……んで、言うべきことってなんだよ。非リアでボッチな俺が常識を理解してるわけないんだから言われないとわからん」

「んもうっ!そんなんだから女子にモテないんですよ」

「余計なお世話だ」


 すると陽菜はスーツケースから手を放し、その場でくるっと回った。……今気付いたけどこいつ何でこんなに大きいスーツケース持ってきてんだよ……ってうちに居候するからか。準備万端だな。


「どうですか、先輩!」


 そして一回転した陽菜が期待するような目を向けてくる。だから何を言えばいいんだ……あ、もしかして服装のこと言いたいのか?それならそう言ってくれれば楽なのに……。


 陽菜の服装は正直に言って可愛かった。

 黒のパーカーにジーンズというめちゃくちゃラフな格好にもかかわらず、陽菜の可愛さが映えていた。……こうしてみると陽菜って意外とスタイルいいんだな。ファッション誌にいるモデルと言っても誰も疑わなさそうなレベル。

 下ろしていた髪の毛はポニーテールにしており、余計に服装に似合っていた。

そのまま目を奪われていると、陽菜がムスッとした表情になっていた。


「……先輩、まだわかんないんですか?」

「いや、さすがにわかったぞ。……その服、かなり似合ってる。異性に興味が全然なかった俺が可愛いと思うレベル」


 すると陽菜の顔が徐々に赤くなっていく。

 これはまたポカスカされるな……と思っていると、意外にも何もなかった。


「……ありがとうございます。それじゃあ行きましょう」

「お、おう……」


 あれ、どうしたんだこいつ。いつもと様子が違うぞ。


 照れ隠しも何もなかったので、恐らく普通に褒められてうれしかったのだろうか……いや、それはさすがにないか。こんな冴えないやつに褒められてもそこまで嬉しくはないだろう。


 結局よくわからなかったが、とにかく家へと向かうことにした。




「お、お邪魔します……」


 そう言って陽菜は緊張した顔で家に入ってきた。

 待ち合わせした後ここに来るまで、会話はほとんど無かった。陽菜の様子がいつもと違って大人しかったのだ。流石の陽菜も男子の家に居候に行く実感が湧いてきて緊張しているのだろうな。

 俺にも原因がないとは言えないのでどこか罪悪感を感じてしまう。


「……ほんとに整頓されてますね。部屋が広く感じます」

「まぁ実際1LDKで、学生の一人暮らしにしては大きい方だがな」


 それぞれの部屋の広さはそこまでだが、間取りとしては高校生の独り暮らしの基準を超えているだろう。

  別に親が金持ちということではなく、大学になってもこの部屋を使う予定のため大きい部屋を借りることになったのだ。


「あ、陽菜の部屋としてそこの洋室使ってくれ。まだ俺のものとか残ってるけど後でしっかり片付けとくから」

「え?いや自分の部屋なんてそんな……居候の身でそんな厚かましいことできません!」

「でも、陽菜も女子だし持ち物多いだろ?それに男と一緒の部屋で寝るのはさすがに抵抗あるだろうし……」

「……確かにそうですけど……それでも泊まらせてほしいって言ったのは私ですし、一緒の部屋に寝ることになるくらいは覚悟してました。……それに、たとえそういう状況だったとしても何もしないだろうと確信できてるからこそ今ここにいますし」


 確かに俺はこんな状況でも何かする予定もないし、する勇気もない。

 だとしても女子を差し置いて自分だけ部屋を持つっていうのは気が引ける。

 このままでは平行線になるな……と考えていたが、そこで一つの案が思い浮かぶ。

……いや、案というほど大層なものじゃないけどな。


「それならその洋室に俺と陽菜の二人の持ち物を入れて、共用スペースとして使うのはどうだ?寝る場所をリビングにしてしまえば十分にスペース取れると思うんだが……」

「……確かにそうですね、それがベストでしょう」


 こうして部屋割りについては終わったが、他にも考えるべきことはある。だがそれは昼ご飯の最中とか後とかでいいだろう。


「……それじゃあとりあえず今から昼作るけど、アレルギーとか苦手なものはあるか?」

「あ……大抵のものは大丈夫ですけど……昼ご飯なんですか?」

「ああ、うどんを作るつもりだ。それともリクエストとかってあったりするか?」

「いえ、特にないです……」

「そうか……じゃあ作り終えるまでテレビでも見ていてくれ。部屋観察とかでもいいから、まぁ適当に時間潰していてくれ」


 あぁ、なんかこんな感じのしおらしい陽菜は新鮮に感じるし、大人しければ普通に可愛いんだよな。

 でもそれは極度に緊張しているからであって、この状況をずっと続けるのも精神的に疲れるだろう。そんな緊張している陽菜を見ていると俺まで緊張してくるし、精神がすり減りそうだ。

 なので、ずっとこんな感じに緊張感が漂っている生活を送らなくて済むように、早めに緊張を解きたいところだ。


 ふと陽菜の方を見ると、どうやら部屋観察をしているようだ。特に何か隠している訳ではないが、部屋を物色されるのは恥ずかしい。……逆に何か隠しておいたほうが話すネタになって良かっただろうか?

 それはそれとして今は昼ご飯だ。

 緊張の解れるほど美味いご飯を作ってやろう。

 心の中でそう決意しながら俺は材料を切り始めた。

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