第5話 食費は偉大

「うーん、そうですね……あ、食費出します。先輩の分も合わせて」


 なぬっ!


 俺は一人暮らしするにあたって、生活費は親から貰えるのだが、趣味に費すお金はその生活費に含まれてしまっている。

 しかもうちの学校はバイト禁止ときた。

 なのでいつも質素な食事で、なるべく小遣いが残るように頑張っていたのだ。


 そこに陽菜からの魅力的な提案。

 凄く迷う。


 なるべく人と関わりたくない。もしこのまま断れば距離の近い後輩と離れることができるだろう。

 しかし、多少我慢して居候させることによって食事が豪華になり、趣味に使える金が増える。

 考えてみた瞬間、その均衡状態はすぐに崩れた。


「よーし今日からうちに泊まれ!……いや、是非泊まって下さい!」


 自分のポリシーとなっていた「人と関わると面倒くさいから関わらない」ということを曲げることになったとしても、その代償として得るものが大きい。

 え、だって趣味に使えるお金が増えるんだよ?

 本がいっぱい買えるんだよ?


「うわっ、びっくりした。……って良いんですか?食費くらいで泊めるの了承するなんて、先輩意外とチョロい……?」

「いや、食費大事だから。食費が浮けば色々とできるんだぞ」


 カップラーメンしか食べてないから食費の大事さをわからないのだな。

 すると、陽菜はやっと俺の前から移動して隣に座った。


「はぁ……そうなんですか……んまぁ、泊めてくれるならいいですけど。それじゃあ先輩、住所教えて下さい」

「ん、それは全然いいが、迷わないか?っていうか絶対にお前迷うだろうから、駅に集合して案内しようと思ってたんだが」


 そう言うと、陽菜は反論しようとしたのか身を乗り出してきたが、すぐに引っ込んでいった。恐らく否定できないのだろう。


「………そうですね、大人しく案内してもらいます。じゃあ、十二時に駅前に集合にしましょう。あ、それとももう少し遅くします?」

「なんでだよ」

「いやぁ、女子に見られたら恥ずかしいものとかあったりしたら隠す時間必要だなと思って。どうします?」

「いや、変なものとかないから。十二時だな。了解した」


 俺の趣味は健全な「読書」という趣味の為、いつ人が来ても大丈夫なのだ。……まぁ人が来ることなんて滅多に無いけど。

 

 その後も俺達は電車に揺られながら軽く会話をしていると、五分程で駅に着いた。


「それじゃあここに十二時な」

「そうですね。じゃあまた後で………って、私達帰り道も途中まで同じじゃありませんでしたっけ?」

「あ……忘れてたわ。今日は久しぶりに色々ありすぎて疲れてたのかな……」


 確かに今朝駅に行く途中で陽菜の定期を拾った。というか、定期を拾ったせいでこうなっているんだった。


 まぁ、だからといって「あの時定期を拾わなければ……」とは思っていない。

 なんだかんだ言って陽菜といるのは楽しかったし、食費が浮いたことも幸運なことだったと言えよう。

 そのまま暫く歩くと定期が落ちていた場所に着いた。


「お前の定期、ここに落ちてたんだぞ」

「そうだったんですか……その節はほんとにありがとうございました。先輩が交番に届けてたら絶対遅刻してました。御礼に先輩のお願いを一つだけ聞いてあげますよ」


 そう言って陽菜は意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 そんじゃあとびっきりのお願いを聞いてもらおう……とは思ったものの、変なお願いをしてはいけない気がした。実際、意地の悪そうな笑みは何か企んでいるのだろう。


「……そうかい。そんじゃあいつか使わせてもらうことにする」

「この場限りって言っても?」

「ああ……いや、じゃあ使わせてもらうぞ。お前何を企んでいるんだ?」

「あらら、バレちゃいましたか。でも先輩、賢明な判断でしたね」


 陽菜がおもむろに鞄に手を入れたかと思うと、出てきたのはスマートフォンだった。しかも、録音中の。


 あっぶねぇ!


「残念ですね。もし先輩がヤバいお願いをしてきたら、その音声を学校中に拡散しようかなって思ってたのに」

「洒落になんねぇよ……」

「安心してください。流石に学校中に拡散はしませんよ。せいぜい脅しに使うくらいです」

「十分怖いから!」


 俺は重い溜息を吐いた。

 陽菜はいつもはポンコツのくせに、こういう時は頭が回る。今日半日で学んだ陽菜の習性だ。油断できない。


「あ、先輩。私こっちです」


 どうやら陽菜とはここで一旦お別れのようだ。


 「おう、そうか。それじゃあ十二時に駅前に……ってここで別れるなら、集合場所ここでいいんじゃないか?」

「あーたしかにそうですね。ならここにしましょう。ここに十二時集合です。……遅刻しないでくださいね!」

「そっちこそな。……ってかどっちかっというとお前の方が遅刻しそうだがな」

「ぐぬっ……頑張ります……それじゃまた後で、先輩!」

「ああ、また後でな、陽菜」


 そして俺は何だかこの待ち合わせについてのやり取りが気恥ずかしくなり、いつもより早足で家に向かって歩いた。……「また後で」とか、最後に言ったのいつだったっけな……。

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