第3話 陽菜ポン
「はぁ………さっきは夢中になりすぎましたね。調子に乗ってすみません」
電車に乗り込むと、陽菜は真っ先に謝罪してきた。
「いや、こっちこそ手を払うような真似してごめんな」
「ほんとですよ!先輩の力かなり強かったんですけど!」
「え、マジか……それは申し訳ないな」
「あはは、もちろん嘘ですよ?もうっ、先輩ったら可愛いですねぇ~」
うっざ!
俺は反撃とばかりに今日の陽菜の新入生代表挨拶で少し苛めることにした。
「それにしても、今日の代表挨拶滅茶苦茶ポンコツっぷりを発揮してたよな。先生たちみんな目を丸くしてたぞ」
「うぐっ!……そのことを思い出させないでください……トラウマになりそうです……あの後教室行ったらみんなが笑うんですよ!人の失敗は笑っちゃダメってちっちゃい時に習わなかったんでしょうか?」
どうやら陽菜様は笑われたことにご立腹のようだ。確かに少し可哀想に思えたので、ボソッと言った「陽菜ポンとか恥ずかしすぎるし……」というのは聞かなかったことにしてあげよう。……可愛いと思うけどな、陽菜ポンってあだ名。ポンコツと陽菜が上手く組み合わさってるし、「ポン」ってなんか響き良いし。
「まぁ、あのスピーチの時の陽菜、可愛かったぞ」
「っ!ば、バカぁ!先輩はバカ先輩です!」
そして本日二回目のポカスカ攻撃。うん、可愛いな。心のオアシスはここにあったか!殴られながら言うことじゃないけど。
「ごめんごめん!冗談だから!」
すると陽菜は攻撃を止めた。安堵のため息を吐こうと思った瞬間、攻撃が再開された。
「って痛い!痛いから!やめてくれ陽菜!」
「嫌でーす!性格の悪い先輩はずっと殴られないといけないんです!それに、可愛いっていうのが冗談っていうのもなんか気に食わないです!大人しく罰を受けてください!」
「だから痛いって!もっと力弱めて!」
心のオアシスの水はどうやら熱湯だったみたいだ。姿は可愛いかもだけどこれじゃあ癒されないじゃないか!
そして五分後に熱は冷めた。あぁ、体中が痛い……。
「はぁっ、はぁっ、こ、今回はこれくらいで許してあげます……これに懲りたら、もう気軽に『かわいい』だなんて言わないでくださいね」
「お、おう……」
陽菜は汗だくになっていた。
まだ四月とはいえまあまあ暖かい。あれだけ動けば熱くなるのもしょうがないだろう。
汗だくになった原因が俺にもないとは言えないため、ポケットの中にあったハンカチを渡す。
「ありがとうございます、先輩。女子力高いんですね」
「……こんなん一人暮らししてれば自然と身につくぞ」
「え、先輩って一人暮らしだったんですか!」
「……まぁそうだが……ってそんなに驚くなよ。なんか傷つく」
隣のポンコツは口をあんぐりと開けていた。絶対人に見せちゃだめな顔だろそれ。
確かに高校生から一人暮らしは珍しいだろう。大学から一人暮らしというのがメジャーだ。だが俺はちょっとした事情ため、親元を離れて暮らすことになったのだ。
「……確かに高校生から一人暮らしは珍しいけどよ……」
「あ、高校生から一人暮らしってところに驚いたわけじゃないですよ?私も一人暮らしですもん」
「……は?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのとき使うべきだろう。実際勢いが良すぎて顎がちょっと痛くなった。
「もう、先輩もそんなに驚かないでくださいよ!さっき先輩がそう言ったところじゃないですか!」
「あぁ、すまん。陽菜ポンが一人暮らしできるとは思ってなかったからな……」
「え!なんで先輩がそのあだ名を……」
あ、しまった。
「すまん、さっきボソッと呟いてたの聞こえてた。でも、可愛いあだ名だと思うぞ。とてもとても似合ってる」
「それ馬鹿にしてますよね!絶対馬鹿にしてますよね!……そのあだ名、忘れてくださいね。忘れてなかったら、記憶が無くなるまで殴りますよ」
こいつならやりかねない。さっきので確信した。
速やかに忘れよう。
「話が脱線しましたね。……それで、先輩も一人暮らしなんですね?」
「まぁ一応な。それがどうかしたか?」
すると突然陽菜が立ち上がって俺の前まで来た。
その不審な行動の意味が分からず、戸惑って陽菜の顔を見るが、その顔はいつもと正反対の真剣な表情だった。その表情につい俺もつばを飲んでしまう。
「先輩お願いです!先輩の家に居候させてください!」
「………………はあ?」
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