ご令嬢、使用人の助言に従う
「――というわけでして、ミセア様。我が校の評議会としては、あなたのご意見をまずお伺いしたいのです。あなたはもちろん我が校の生徒ではありますが、若いながら聡明な方ですし、そして今回の騒動を最前線で目撃されたわけですから」
ミセアは学校の一角にある部屋に呼ばれていた。評議会の一参考人として、巨大な長方形のテーブルを十人ほどで囲み、今回の魔物襲撃事件についての意見を求められた。彼女はもとより一生徒としての凡庸な役割を望んではいたが、今回の立場ばかりは特例として、甘んじて受け入れることにしたのだった。
「私が経験したのはあの魔物に狙われたという一点であって、今回の事件のすべてを一望したわけではありません。ですから何か重大なことを証言できるとは思えません。今から述べるのは、個人的な推測に過ぎません――」
ミセアは淡々と語りながら、早朝のやりとりを思い出していた―――――――――――――――――――――
レンは朝起きると、さっそく用意をして校舎の方へ向かうことにした。前日の魔物襲撃の被害は大きく、おそらく瓦礫の撤去は終わっていないだろうと思えたので、学校の掃除夫として雇われた仕事をある程度はすませておこうという考えがあった。
住んでいる使用人用の家屋を出て表に回ると、ちょうど来賓用宿家の前で木剣を握ったミセアが立っていた。彼女は動きやすいよう、長い金髪を後ろにまとめていた。
「あら、おはよう」
「…… ご機嫌麗しゅう、ご主人」
ミセアは困り笑いのようなものを浮かべた。
「無理するくらいなら、普段の言葉で話していいのよ」
「朝から剣の稽古ですか」
「ええ。これと瞑想が朝の日課なの。あなたも早いのね」
「今日は例外ですよ」
ミセアは重さの違う二振りの木剣のうち重い方を、柄を相手に向ける形でレンへ差し出した。
「あなた、隠していたとはまでは決めつけないけれど…… 本当はかなり使えるんでしょう?」
レンは素直に受け取りはしなかったが、ミセアがそのままじっと動かないので、観念してそれを握った。そのまま稽古に巻き込まれるとレンは心配したが、どうやらミセアは彼にその動作をさせただけで満足したようだった。
「今日からもう授業ですか?」
「一応ね。でも、ほとんど見学のようなものよ」
「また荷台に乗せて送りましょうか?」
「結構です」
ミセアは頬を少し赤くしながらも、つんとして言った。
「実は昨日のうちに知らせがあって、今日開かれる上層部の評議会に出席するように要請されているのよ」
「評議会?」
「校長とか顧問が開く会議のようなものね。あんなこともあったのだし、これからの学校運営の方針を修正するのだと思うわ」
「そんなところにご主人が出て、どうするんです?」
「私もそう思うのだけど、なにか意見を聞くつもりなのでしょう。べつに私に言えることなんてないけれど、立場上やむを得ないところもあるから」
「領主のご令嬢だそうですね。聞きました」
「そう、なら、わかるでしょう?」
ミセアは少し寂しげな表情を見せた。
「どうせ出るなら、何か有意義な提言をしたいとは思うのだけど、どうかしら?」
「そう言われましても」
「言ってしまえばなんでもいいのだけれどね。私が何か話したという事実だけで、先方は満足するのだから。でも、ああいったことがまた起こらないようにできるなら、何かしたいと私は思うわ」
レンは地面に突き立てた木剣に体重を預け、思案顔になった。
「あの魔物には、どこで出くわしたんです?」
「道にいきなり出てきたわ。なんの前触れもなく」
「詳しく聞いていいですか? それまでの経過を」
ミセアは言われたとおり、思い出せるかぎりのことを時系列順に話した。礼拝堂に入り、入学者主席としての勲章をもらい、校長の話を長々と聞き、シャーリアという娘と一緒に礼拝堂を出た、魔物は生徒を喰った、等々。
「郵便室……」
レンは彼女の話の中から、断片を拾い上げた。
「え? ええ… 彼女が両親へ便りを出したいと言ったの」
レンはそこからしばらく思索してから、言った。
「魔物が敷地の一角までどうやってたどり着くかについて、思いつく可能性は少なくない」
レンは視線を少し下にぼんやりと向けながら話した。
「まず、普通の生徒たちと同じように芝生を横切ってきた可能性。あるいは、秘密の地下通路を伝ってきた可能性。もうひとつは、誰かが魔物をバスケットにサンドイッチと一緒に詰めて運んできた可能性」
「レン、私をからかってるの?」
「俺も自分の思考を点検してるんです。なにせ、とんでもない結論が出そうなのでね」
レンは彼女の方を見ることなく返した。
「結論から言って、あの魔物は誰かが意図的に召喚したものではないかと思うんです」
「意図的に召喚!? この学校に、そんな悪人がいるというの?」
「それどころか、そいつはある程度年長か、古参の者です。新入りがどうミスしても召喚魔法なんか発動しない。高位の魔術師が、明確な悪意をもってやったんです」
レンは続ける。
「魔物は郵便室に出現したはずだ。確証はないが、調べたらわかるでしょう」
「その根拠は?」
「俺が悪意ある召喚者なら、そこを選びます」
彼は唇をなめた。
「郵便室は敷地の中心地からは遠い。これは当然だ、外の配達員が出入りしやすいから。生徒が頻繁に行き交う場所ではない。建物自体大きくないから、大勢は入りきらないし、そもそも人が大挙して来る場所ではない。しかしゼロというわけではないのがミソです。便りを出したい者はときおり訪れる。しかも今日は入学式で、来るのは親に喜ばしい手紙を出したい新入生がほとんどだろう」
ミセアは視線を落とした。彼の論の行き先が、彼女にもわかってきたようだった。
レンは続けた。
「あなたは生徒を喰った魔物が肥大化するのを見たでしょう。ならわかるはずだ。魔物はまだ小さい状態――とはいえ人ひとり丸呑みできる程度の大きさで、郵便室の中で獲物を待ち構える。親切にも、だいたい一人ずつ獲物は入ってくる。新入生ばかりだから、魔法で抵抗され殺される心配もない。人を喰って成長していくあの魔物にとって最適なポジションなんです、郵便室は」
「魔物が自分でそこを選んだとは思えない……」
「そうでしょう。だから人間の手が絡んでるはずなんです」
ミセアは額に手を当て、苦悶の表情になった。
不意にレンが言った。
「いちおう言っておきますが、あの魔物は俺がけしかけたわけじゃない」
「もちろんよ」
ミセアは迷いなく応じた。
「…… それは、自分の魔法のことを言っているのね?」
「まあ… そうですね」
「正直なところ、あなたについてまだ聞きたいことはたくさんあるわ」
彼女は何かの宣誓でも唱えるように、はっきりと彼に告げた。
「でも、あなたが信頼できる人であるということについては、もう何か問い詰める必要はないと思っているの。だから安心して。そしてできるなら、いつかあなたの魔法について、私に話してくれると嬉しい」
「…… そうですか」
レンはまっすぐな彼女の金色の瞳に、どう応えればいいのか戸惑っているように見えた。
「ねえ、レン」
ミセアは言った。
「私は評議会で、今の話をするべきかしら? 評議会のメンバーはほとんどが高位の魔術師よ。私は犯人に向かって推理を披露することになるかもしれない」
「でも同時に味方もできるでしょう。仮に犯人がいたとしても、情報を共有した方がそいつは動きづらくなるはずです」
「そう…ね」
ミセアはため息をついた。
「ひょっとしたら、私は暗殺されるかもね」
「させませんよ」
「… そ、そう……」
ミセアは家の方へそっぽを向いてしまった。
「それなら… わかった。あなたの助言通り、評議会で発言してみるわ―――――――――――――――――」
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