アフタヌーンティー

 庭でアフタヌーンティをもらいながら、イクスは「早くお茶会が終わらないか」と待ちわびていた。退屈で仕方ない。


「わたくしも、冒険がしたいですわ」


 今頃コーデリアは、魔物退治に明け暮れていることだろう。

 うらやましい。何のしがらみもなく、自由に動けるなんて。

 だが、それは家族を失ったからである。

 妬むべきではないだろう。


 いつもの仮面を顔につけて、旅がしたい。


『仕方ないよ、イクス。こっちはデヴィランの情報を集めないと』


 魔族の大半は、貴族だ。

 永遠の肉体を得るために、多額のカネを払う。

 絶大な力を手に入れ、上位存在に奉仕することを至上の喜びとする。

 デヴィランとは、聞けば聞くほどおかしな集団だ。


「こちらには、デヴィランの毒牙にかかった者たちは、いらっしゃらないようですわね」


 幸い、近隣を統べるエルフの貴族たちには、デヴィランの手は回っていないと見える。


『改造人間っていうのかな。そういうのは、ボクでも見分けがつくから』

「せっかく、お茶会で魔物が出てきたら颯爽と退治して差し上げますのに」

『まるで、魔物に出てきてほしいようなセリフだね?』

「退屈なんですわ」 


 ムダ骨なら、さっさと引き上げたいのだが。


 一人ごとのようにノーマンと話すと、視線を感じた。

 レディたちが、イクスと語らいたそうにこちらを見ている。


 気安く話しかけるなオーラを放ち、感じの悪い女を演出した。


『変に思われたかな?』


「奇人変人に見られたほうが、気楽ですわ」

 気を取り直して、イクスはお茶に口をつける。


「お茶の代わりはいかがですかな、イクス姫殿下」

 一人の給仕が、イクスのカップに紅茶を注ぐ。


「クリスですか」


「帰ってきたぜ。無事によぉ」

 給仕の正体は、クリスだった。


「このレンゲめもおります、イクス様」

 ケーキの入った皿を持ったレンゲが、メイド姿で現れる。


「久しぶりに、あなたの使用人姿を見ましたわ。レンゲ」

「もったいなきお言葉」


 この姿なら、冒険者が混じっていても怪しまれない。

 イクスのボディガードにもなる。怪しむものがいたら、「私兵だ」と言えばいい。実に合理的だ。


「して、なにか分かりましたの?」


 報告によると、コーデリアは戻ったらしい。

 レプレスタの魔法石が、ドランスフォードの城に運ばれていた形跡も見つかったそうだ。


『そうか。ボクのベルトに使われた石は、レプレスタで採掘されたんだね』

「わが国の文明を悪用しようとは、度し難いですわね」


 レプレスタの名にかけて、抹殺せねば。


「それと、面白いことが分かったぜ」


 聞けば、轍は西の森を抜けた先まで分岐していたという。


「西……アロガント城跡!」

 イクスはすぐに理解した。アロガントが関与しているのではないかと。


「姫、危険です」

 レンゲは、イクスの思惑に気づいたのだろう。イクスが言い出す前に止める。


『そうだよ。もっと調査が進んでからでないと』

 せっかく、目の前に面白そうなことが転がっているのに。お預けを食らった気分になった。


「調査は、こっちで進めておく。あんたはおとなしくしてろ。結婚が控えてるんだ」

「どうでしょうか。破断になりそうな気しかしませんわ」

「何を考えているのかは知らんが、変な気を起こすなよ」


 クリスが去り、レンゲも一礼して消えていく。 


「お姉さま。やっとお話ができますね」

 大勢の中をかき分け、ディアナがイクスの前にやってきた。


「あら、ディアナ。わたくしにとって、癒やしはあなただけですわ」

 ティーカップをテーブルに置き、ディアナを抱きしめる。


「段々とお母様に似ていらして」


 決して、亡き母の面影があるから、妹を溺愛しているわけではない。

 しかし、ディアナを抱きしめているときだけ、イクスは母を思い出せる。


「ディアナ。あなたはわたくしが守ります」

「ご無理なさらないで、お姉さま。わたしはもう、子どもではありません」

「どういうことですの?」


「こちらの話です。ではお姉さま、お父様がお呼びです」

 妹は、意味ありげな言葉をつぶやいて、イクスの手を引く。


「ちょうどよいところに来た、イクスよ」


 父が、イスリーブとレプレスタの国交を祝う、歓迎の祭典を行うと言い出す。


 魔法石も集まった。コーデリアも戻ったという報も聞いている。とはいえ、貴族が集まりすぎている。デディランがことを起こす絶好の機会、とも言えた。


「お父様、危険なのでは? 今朝の襲撃をもうお忘れになりましたの⁉」


 貴族に関心はない。

 だが、むざむざ無関係の者たちを巻き込むわけには。


「だからこそ完璧に成功させ、我が国の健在をアピールせねばならんのだ」


 ワイバーンに魔除けを破壊され、王子を危険に晒した失態を拭おうと、国王は必死のようだ。


「お前の結婚パーティも兼ねるのだぞ。必ず出席せよ」


「冗談ではありませんわ。ワタクシは、まだ嫁に行くと行ったわけではありません!」

 イクスはイライラを靴音で表現しながら、会合を後にする。


 わずかに、ディアナが悲しげな表情をしているのが見えた。


「そんなに余が好かぬか?」

 王子に、背中から呼び止められる。


「ワタクシが何も知らないとでも?」

 それだけ言って、イクスは自室へ。


『どういうことだい、イクス?』

 ノーマンには、ワケが分かっていないらしい。


「じきに分かりますわ。王子がご滞在なら」

 服を脱ぎながら、イクスはつぶやく。

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