悪魔と相乗りする勇気、あるかな?
気がつくと、リュートの周りは炎に包まれている。
だが、ベルトなので熱さは感じない。
『異世界キターッ! などと言っている場合ではないか』
リュートは、少女の真上に召還されていた。
音声は、ベルトから流れているらしい。
コーデリアは、リュートの存在を確認している。
突然現れた謎の物体に、驚いているらしい。
「な、なんだコレは?」
今にもコーデリアに刃を向けようとしていたクモが、後ずさる。
「あなたは?」
瀕死の状態ながら、コーデリアがリュートに話しかけた。
さっきのクモもそうだが、言葉が通じるようで助かる。
女神の能力だろう。
『オレ? オレは、キミに力を貸すためにやってきた、ヒーローだ』
「英雄ですか」
『もっとも、オレは力を貸すだけ。オレの力を使うかどうかは、自分で決めるんだ』
無理矢理融合して、強制的に変身させることだって可能だ。
おそらくは。
そうなれば、「こんなはずではなかった」などと、後々もめるかもしれない。
選択権は、装着者に委ねたかった。
「
『それは、キミ次第だ。しかし、一度契約してしまえば、なにかと不自由が生じるだろう』
コーデリアの顔は、火災で焼けただれていた。
全身も大やけどを負っている。女神の言うとおり、もう助からないかも。
『悪魔と相乗りする勇気、あるかな?』
瀕死のコーデリアに、声をかけてみた。
『おそらくこれが、人生最後の一撃になるかもしれない』
最悪、一生人間には戻れないかも知れないのだ。慎重に聞く。
『それでも、この化物に一太刀浴びせたいと思うなら、キミに力を貸してやろう』
リュートの話を聞きながら、コーデリアは、ゆっくりと立ち上がった。
『もう一度聞こう。悪魔と相乗りする勇気、キミにあるか?』
「あります!」
両の拳を握り、コーデリアは最後の力を振り絞るかのように叫んだ。
声が潰れている。火炎を吸ってノドが焼けているらしい。
「この姫騎士コーデリア・ドランスフォード、敵の手に落ちて慰み者になるくらいなら、悪魔にだってなります!」
緑色に光る瞳に、黒い炎が戻る。
部屋を焼く灼熱より強烈な憎悪が、コーデリアの瞳の中で渦巻いていた。
「だから、力を貸してください!」
ガラガラの声で、コーデリアは叫ぶ。
『よし、オレを掴むんだ!』
「はい!」
コーデリアが、リュートを手に取った。
リュートの魂が宿ったベルトを、コーデリアは腰に治める。
それだけで、ベルトがひとりでにコーデリアの腰に巻き付く。
「叫べ、【変身】と!」
リュートは、古文書に書かれていた変身ポーズを、コーデリアの脳へと送り込む。
勢いよく右手を突き出し、コーデリアはゆっくりと右腕を腰まで戻していく。
「コオオオオ……」
息を吐きながら、ベルトを触る左手を、右から左へスライドさせる。
続いて、天空へと右手を掲げ、空を仰いだ。
「変、身!」
まばゆい光が、コーデリアを包んだ。リュートのときと同じだ。
「こしゃくな、光っているだけではないか! 小娘がぁ!」
クモ怪人が、コーデリアに向けて糸を吐く。
「ふん!」
赤い光に包まれたまま、コーデリアが、怒りの拳を突き立てる。
屈強の兵士すら骨まで砕く糸を、コーデリアが軽々と破壊した。
「ぬお!」
自慢の糸を潰され、クモ怪人が恐れおののく。
「きさま、その身体は!」
パニック状態になった怪人の視線は、コーデリアの右手に注がれていた。
コーデリアの拳から光が晴れる。腕の表面が、赤く黒い装甲に覆われていた。
「やれ、殺せ!」
クモ怪人が、配下の戦闘員に号令をかける。
片手斧を持つ戦闘員が、コーデリアに飛びかかった。
コーデリアは跳躍する。回し蹴りで、戦闘員のアゴを砕く。
その右足にも、赤黒い装甲が。
返す刀で左足を回す。ローリングソバットによって、戦闘員のみぞおちに一撃食らわせる。
赤い装甲は、左足にも。
不思議な現象が起き、コーデリアも動きながら呆然としていた。まるで夢でも見ているかのように。
「バカな、これでもくらえ!」
呆然としているコーデリアの全身に、糸が絡みつく。
「ぬううう、があ!」
気合い一発で、コーデリアは周囲に巻き付いた糸を粉砕した。
衝撃波によって、クモ怪人が吹き飛ばされる。燃えさかる炎に突っ込み、背中を焼く。
「あちゃやちゃちゃ! おのれ」
今度はクモ怪人がヤケドをする番だった。
「そ、その姿は!?」
コーデリアの姿は、赤い騎士に変わっている。
リュートが変身したときと違った。大きな胸があり、体つきは丸みを帯びている。それでも、全身鎧に包まれた姿は、リュートの知る特撮ヒーローを思わせた。
側にあった姿見を見る。
鎧だけではない。仮面も真紅に染まっている。
目線も腰ではない。コーデリアと同じ目線になっていた。
「貴様、その姿はコウガ!」
『コウガ。なるほど、【
声の主導権が、リュートに切り替わっている。コーデリアの声帯を使っているが、話しているのはリュートだ。
身体の自由も利く。
『コーデリア。しばしキミの身体を借りるぞ』
リュートがしゃべると、ベルト内部の宝玉が赤く点滅する。
「ええ、よろしくて」
脳内で、コーデリアは返事をした。
精神体だと、清んだ声を取り戻せるらしい。
「小娘ではないな。貴様、何者だ!」
クモ怪人が、リュートの気配に気づいたようである。
『オレは……』
ヒーロー名、何にしよう。非常事態だというのに、リュートは一瞬考え込んでしまった。
大きな月が、クモ怪人の真後ろで怪しく輝いている。
凄まじく近い。異様なまでの存在感だ。
『オレは月の影に光る刃。コウガ!』
ポーズまで決めて、コウガは見得を切る。
ヒーロー名は適当だが、これでいいだろう。
「こしゃくな小娘、たがか変身したところで、コウガの力を使いこなせるわけでは!」
クモ怪人が、全身から糸を吐き出す。
『トゥア!』
跳躍して、コウガは糸の攻撃をかわした。
放物線を描き、コウガは怪人を殴りつける。
殴り飛ばされたクモ怪人は、糸を使って天井へ逃げた。息が上がっている。
「この【アラクネ】様をここまで追い詰めるとは! だが!」
クモ怪人の口にある二対のクラッシャーが、大きく膨れあがる。
「コーデリア姫よ、悪いがあなたはオレ様に食われてもらう。コウガなんぞに生まれ変わった、あなたが悪いのだ!」
四本の前足を広げ、クモ怪人が飛び降りてきた。
二本の腕は掴めたが、もう二対の腕でクリンチされそうになる。
「コウガの力、我々【秘密結社デヴィラン】がいただく!」
巨大なアゴが、コウガの喉元へと迫った。
『そうはいかん。トゥア!』
膝蹴りを鳩尾に浴びせ、コウガはクモ怪人の拘束を解く。ドロップキックで後ろへ蹴飛ばした。
クモ怪人は、窓際まで飛ばされる。
糸を吐いて逃亡を図ろうとしたが、わずかに白い液体を吐くだけで、立ち上がることすらできていない。
「ここまでか。ならば、貴様を道連れにしてでも、コウガの復活を止める!」
死の間際にして、このコウガを仕留めようとしている。
そこまで、コウガはこの怪人たちにとって驚異なのか。
「死ねい、コウガ!」
両手を広げ、クモ怪人が襲ってくる。
怪人の胸部が隙だらけだ。イチかバチか。
コウガは、大地を蹴った。
『ムーン・レイジング・キック』
跳躍したコウガは、技名を叫ぶ。
空中で前転し、カラテキックの体勢に。
『おりゃあ!』
コウガはクモ怪人へ跳び蹴りを見舞う。
一撃必殺の蹴りが、クモ怪人の顔面を直撃した。
足の裏がクモ怪人の顔にめり込み、肉体組織の砕ける音が鳴る。勢いはなくならず、一気に窓を突き破った。
クモ怪人は塔の下へ落下し、硬い地表へ激突する。
窓の外から、様子を伺う。
起き上がろうとする怪人。その度に、クモ怪人の身体がひび割れていく。リュートが戦ったときと、同じ現象が起きていた。
「デヴィラン、バンザイ!」
断末魔を叫び、両手を挙げながらクモ怪人は爆砕し、炎を上げる。
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