第22話 ――これまでとこれからに(2)




 ――その前に、彼女とちゃんと話そう。


「なんだ、両想いじゃん」


「……誰と誰が」


綾野あやのとワカさま」


「…………」


 暗藤あんどうが寝返りを打って背を向ける。


「いや、暗藤さんのことも大好きだと思うよ?」


「……別にどうでもいい」


「まあ、ちょっとしたトラウマがあったのは分かったから……会いにいってみない? 明日にでも」


「……なんで、」



 俺はこんなにお節介なんだろうね――



「…………、」


「おや、言い当てちゃった感じ? 俺も今ちょうど同じこと思ってたから」


 自分でも不思議に思うが――おそらく、綾野から和花わかについて聞かされたせいだろう。


 ――命にかかわる病。


 ……まるで自分のことのように、このまま〝最後〟になってしまうかもしれない二人を、見過ごせない。


「あとは、まあ……?」


「それって……、」


「俺が男だから携帯とられたって思ってるんだったら、だいぶ甘いぜ? 新しいルームメイトが体育会系だったら? この学園にはそういうタイプが少なそうだからこれまで無事だったんだろうけど。逆にやり返されたりしたら、今度こそ君は終わるよ? ……俺は懐が広いから先生たちに暴露しなかったけどさ、他の人はどうかな」


「……暴露できない事情があるんでしょうが」


「まあね……」


 暗藤を放っておけないと思うこの気持ちはなんだろう。


(まさか……恋?)


 なんて。


(単純に、昔の自分に重ねてるんだろうけど)


 暗藤のために何かして、自分に何か得があるわけじゃないけれど。

 何もしないのは、たぶん後悔する。

 綾野にも頼まれていることだし。


「君だって、ワカさまに戻ってきてほしいんだろ? だから――、」


 ガン! と、ベッドの柵を蹴る。


「……とまあ、いろいろ分かっちゃってるから、放っとけないってのが人情でしょ」


「…………」


「その前髪、短くしてさ、会いにいけば……ワカさまも安心出来ると思うんだよね」



「……安心して、死んじゃったらどうするの」



 絞り出したような、掠れた声。


「一理あるけど……そんなさ、お年寄りとかじゃないんだから。超元気だったよあの子?」


「……もし、また何か……」


「拒絶とか、したら?」


「…………」


「それがショックで死ぬかもって? 俺はむしろ、誰も会いに来ない方が寂しくて死んじゃうんじゃないかと思うんだけど。綾野もしばらくお見舞い行かない気みたいだし」


 暗藤の凝り固まった心は、どうすれば解せるのだろう。


 彼女がお見舞いに行けば――もしかすると、和花は生きる気力を取り戻してくれるかもしれない。暗藤とケンカして投げやりになってるんじゃないかと、綾野は考えているようなのだ。


『……歩の方からも、暗藤さんを説得してくれないかしら?』


 綾野としては、自分がいくら通っても和花の気が変わらないにもかかわらず、暗藤ならそれが出来ると……そう思うことすら、悔しいだろうに。


「じゃあとりあえず、暗藤さんが元気に登校してる様子を撮影するのはどうだろう? それを見たら……」


「…………」


「ビデオメッセージ送るとかでも……」


 綾野のために、なんとかしたいのだが。

 暗藤はなかなか強情だ。


「メールとか……、あ、俺が暗藤さんのフリして送ればいいのか。名案じゃん。ついにこの携帯を使う時が」


「……和花、今は携帯持ってないらしいから」


「なんとまあ、ついてないことで……」


 やっぱり直に会ってもらうしかないのだろうか。


「……私、会わないから」


 それこそ〝携帯〟という武器を使う手も考えたが。

 ……だけど本人がこうも嫌がっているのに、無理に連れていくのは違う気がする。

 あるいはそうやって、無理に引っ張り出してくれる誰かが必要な場面があるのかもしれないが――


「俺も……何か変なこと言っちゃうんじゃないかとか、相手を傷つけるんじゃないかとか、そう不安になるのは分かるよ。でも……そういう時は、俺がフォローするからさ……、」


「いらない」


「……ビデオ出演もダメ?」


「会わない方が……、」


 いい。そう断言する。


 安心して、思い残すことがなくなって、それで死を選ぶ可能性があるかもしれない以上――会わない方が、無難。


「死んだら化けて出るかもよ? 未練とか残して」


「…………」


「……今のはちょっと不謹慎だったかも」


 これ以上は、いくら言葉を尽くしても――


 歩子あるこは梯子から足を下ろす。



「――会わなければ、ずっとこのままでいられるから」



 このまま――?


「……友達のまま?」


「だからもう、構わないで」


 そんな、後ろ向きで、不健全な――停滞で。

 このまま最期まで、今のまま。

 携帯に残された思い出を抱いて、今の彼女とは向き合わず。

 そうすれば、少なくとも関係がこれ以上悪くなることはない。


 後悔も消えないが。


(たしかに、実際お見舞いに行ったら……綾野にそうするみたいに、辛辣なこと言いそうだし、暗藤さん、それをそのままに受け取りそうだし……)


 傷つくことになるかもしれない。

 だから自分からは会いにいけないけれど――帰ってくるのは、待っている。


「かまってちゃんかよ……」


「……はあ?」


「いやほんと、そんなに俺に構ってほしいの?」


「……何言ってるの」


「俺の心をくすぐるというか、これはもうぜひともお二人を会わせたいって思っちゃうだろ」


「……お前といい、綾野といい……」


 ウザったいだろうけど。



「会わなければ、自分のこと意識してくれるって――要するに、そういうことだろ」



 会えないと、いろんな想像をする。


 たとえば、学校で何かあったんじゃないか、それでおかしな口調に――というのは綾野の話だが。


 自分がいなくなった後、新しくルームメイトになった相手とうまくやっているだろうか、自分といるよりも楽しく、それで会いにきてくれないのではないか。


 女装男と相部屋になって、何か変なことをされていないか……正体を知っているのに告げ口しないなんて、脅されてるんじゃないか、それともやっぱり男子は気になるのか――


 いろんなことを考えて。

 意識して――



「自分じゃこわくて会いに行けないから、ワカさまが病気治して戻ってきてくれるのを待ってる」



 綾野とは異なるアプローチ。

 だけど暗藤のそれは、綾野とは決定的に違う。



「自分じゃ何もしないで、さ」



 ――俺と同じだ。



 何かを変えたいなら、自分から動くのが何より手っ取り早くて、確実だって言うのに。


 面白おもしろを求めていても、やっぱりどこかで停滞いまに甘んじていて、自分から何かを変えることがこわくて――変えてくれる誰かを待ってる。


「かまってちゃんじゃないか」


「……うるさい」


「でも、なんていうか、いじらしくて、俺的には良い感じ。うん。愛いやつめ」


「……気持ち悪い……」


「なんとでも言え。そういうの好きなんだから」


 これがいわゆる萌えというやつだろうか。

 なんだかにやにやしてしまう。

 女の子同士というのがまた良い。


「まあ、無理強いはしないよ。けど、明日くらい一緒に登校しない? 綾野もいるし。ちょっと今あいつ、何しでかすか分からないから……フォローしてくれると、助かるかな。俺もフォローするから。相互フォローってやつ。……そっちのフォローは、要るだろ?」


 とりあえず、教室そとてほしい。

 保健室登校このままでも悪いとは言わないけれど、


(俺はこの学校、すごい楽しいから)


 きっかけ一つで世界は変わる。

 踏み出すきっかけがなくて進めない誰かがいるなら、その背を押せる、その手を引ける人間おとなになりたい。

 ついでに、進んだ先に面白いものがあればなおグッド。

 一緒に楽しめたら、最高だと思う。


(俺も大概だなぁ――)


 綾野のことは言えないが――似た者同士、ということか。


「なあ、暗藤さん。いっこ、面白い話してあげようか? 俺、夏休みになったらさ……」


「死ぬの?」


「結婚するんだ。名字変わる」


「……ご愁傷様」



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