第16話 冗談みたいな、真面目な話をしよう(2)




「というわけで、俺は学園の未来を守るため、男子に対するいわれなき誤解を正すため、こうして女装してるんだ。別に好き好んでこんな格好してるわけじゃあないんだぜ?」


 一応肝心なことは話し終えたので、和花わかの反応を窺ってみると、彼女は深く考え込むように視線を伏せていた。最後におどけてみせたのもあって、てっきりまた毒舌が飛んでくるものと思っていたのだが――


「……だけど、それって入学するかもしれない男子の全員が全員、安全だって保証するものにはならないでしょ」


 その口元に浮かぶ不敵な笑み。さっきまでの熟考は、未だこちらの話を信じていないがゆえの、論破するための矛盾探しだったようだ。

 よろしい。なら、彼女の退屈を紛らわせるため、話し相手になってやろう。


「それに、。男子が問題を起こさなくとも、男女が揃えば厄介事に発展するのは世の常。学校の決定に生徒は逆らえないけど、必ずしも生徒が男子を受け入れるとは限らない。たとえばほら、伝統と格式を重んじるのは何も大人ばかりじゃないのよ」


 女子校だからと美知志みしるしを選んだ生徒もいるだろうし――


「進級組とかいますわね」


「それもあるな……」


 ホームとアウェイ。セクハラとはなにも男性が女性に対してするものだけを指すのではない。学園がホームである少女たちにとって、アウェイな少年たちは恰好のおもちゃといえる。具体的にどんな問題が起こるかは予想もつかないが、初めは少数である男子たちがクラスで孤立したり、ちょっとしたいじめに発展することもあるかもしれない。


 進級組の存在も、間口が広がり普通の女子が外部から進学してきた際に、グループなどに分かれて面倒ごとに発展することも考えられる。


「まあいろいろあるし、俺も女装がバレたらどんな目に遭うか分からないけどさ。だけど、そこはそれ、徐々に慣らしていくしかないんじゃないかな。一般の、他の高校じゃ共学が当たり前で、まあ男女が揃えば恋愛とかいろいろあるけど、それが普通で、そんな普通の学園生活がよそではちゃんと営まれてるんだから。たぶん、すみ分けとかもいずれは」


「…………」


「加えていうなら、必ずしも在校生である女子にとってもマイナスになるとは限らない。それこそ恋愛とか、男子の存在はいい刺激になると思う」


 学園の理念にも沿うはずだ。女性の社会進出を目指すなら、男性のいる環境での生活も必要だろう。


(あと、これは言いづらいんだけど……、)


 女装して学園生活を送り始めてまだ数日だが、既に何度か直面している由々しき問題がある。


「同性だらけで気が緩んでるってのもあるんだろうけど、世間一般でいえば〝はしたない〟とか〝品がない〟って言われるようなことが目立つ。先生たちも、たまに注意したりするし。みなさん無防備なので」


「……たとえば?」


 和花は既に答えを察しているようだが、いたぶるように敢えて問いかけてきた。


「スカートをですね……暑いからとばたばたやってらっしゃったり、制服を着崩している方も見られるわけですよ」


 あるくは女子として学園に潜入し、女の子たちのいろんな姿を見てきた。それらは時に健全な男子にとっては目に毒で、こういうのも立派なセクハラになるだろう。

 

 しかしそれも、教室に異性の存在があり、その目を気にするようになれば多少は改善されるはずだ。これまでは同性同士、他人の目を気にすることがなかった彼女たちも、お嬢様学校の名に恥じない品行方正な淑女になるだろう。それは〝一部の先生たち〟の思想にも沿う。


 また、そうすることで彼女たちの魅力がよりいっそう磨かれるなら、彼女たちにとってもプラスになる。


(まあ意見は分かれるかもしれないけど、普段の生活で習慣化してることっていうのは、社会に出てからもつい、ふとした拍子にやっちゃうものだからな。俺だってこの数日でだいぶ身に染みてる……。それで本人が恥をかくよりは……)


 歩は和花から視線を逸らしつつ、意趣返しという訳ではないが、一応告げておくことにした。


「やっぱ同性同士だと、ほら、いささか無防備になるわけですよ」


「……っ!」


 和花は伸ばしていた足をとっさに閉じ、太腿の上に両手を置いた。綾野あやのの噴き出す声が聞こえ、和花は顔を赤くして彼女を睨む。


「……この変態が……」


「こほん。話を戻すけど、」


 何か言われる前に、先の和花の指摘に対する返事をしておく。


「入学する男子の全員が安全だって保証するものじゃないけど、それを言うなら、その辺にいる人間の全員が全員いずれ犯罪を起こさないっていう証明が出来ないようなものだ。ある種の極論だよ」


「…………」


 和花は歯軋りでもしそうな憎々しげな顔をしているが、一応話は聞いてくれているようだ。


「問題を起こしそうなやつを見極める。受験の面接って本来ならそのためにあるんじゃないか? 学園に相応しいかどうか、入学させてもいいかどうかを見定めるために。……そこは先生たち次第だって俺は思うんだけど」


 その前にまず、先生たちの判断によけいな感情が入らないよう改善する必要があるわけだ。


「とりあえずの俺の役目は、先生たちの心証を改善すること。それが要点。男子がいてもこれといった問題は起こらなかったっていう……その事実が大事なんだ」


 あとはこの計画の関係者である学園上層部――泰観やすみ先生などの協力者がいることから、おそらく理事長とかそういった役職の人物だ。その人による説得次第になるだろう。


(……こうして考えてみると、ほんとおじさんの人脈は謎だよな……)


 元はといえば綾野を案じたおじさんが首謀者・立案者で、それに関係者が便乗し、歩の肩には学園の存亡というよけいな責任が乗っかってしまった。


(まあそれが一種の牽制っていうか、俺が変なことをしない歯止めにはなってるんだけど)


「……はあ……、」


 と、押し黙っていた和花がこれみよがしに、大きなため息をもらした。


「……分かったから、もう。面白いかどうかは別にしても、あなたの話を信じてあげてもいい。だけど、、気になることがあるわ」


 呆れたように言いながらも、まだ疑っているのか。それとも話を呑み込んだからこそ、生じた疑問があるのか。


「まず、なんであなたがそんな大役というか、おかしな目に遭ってるの?」


「それはまあ……なんというか」


 綾野の前だ。おじさんの話をすることに少し躊躇いを覚え、歩は言いよどむ。

 別に今ここで打ち明けてしまってもいいし、綾野なら薄々は感づいているかもしれないが、


(俺としては、こういうことはちゃんと話したいっていうか……)


 綾野とおじさんの今後に関わる大事なことだと思うから。


「いつか、二人きりになった時にこっそり教えてあげよう」


「はあ……?」


「いや、そんな顔しない。せっかくの美人が台無しだぜ?」


 和花が不審そうに顔をしかめるので冗談めかして言ってみたら、


「…………」


 ……無駄に寒い思いをする羽目になった。もはや恥の上塗りが過ぎて感覚が麻痺、前後不覚だどうとでもなれ状態になっている自覚はある。あるが、もうどうしようもない。


「そ、それで? もう一つは? 気になることは二つあるんだろ?」


「もう一つは……まあさっきのことと関連してるから、答えないかもしれないけど」


 和花はそう前置きしてから、こころなしかふて腐れたような顔で、なぜか視線を逸らして――



「……どういう事情かは知らないけど、あなたはなんでこんなこと引き受けたわけ?」



 言い終えて、唇を噛む。俯き加減に顔を傾け、溢れるものを押し殺すように強く足元を睨む。


 まるで精いっぱい、恥ずかしさを堪えてでもこれだけは知りたいというかのような――不思議な問いだった。



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