第15話 冗談みたいな、真面目な話をしよう(1)
病室に引きこもって、普段は読書で退屈を紛らわせている素直になれない女の子。
彼女が学校に通わなくなってどれくらい経つのか。
――それは、ある少女によく似ている。
怪談に取り込まれていながら、その噂自体は知らない。ということは、彼女が噂の始まり――〝13号室の呪い〟の起源とするなら、あの噂が学校中に広まるまでの期間といったところだろうか。小さな、箱庭のような学園だから普通の学校より広まる速度は早いかもしれず、正確なところは分からないが、彼女はそれなりの時間を病室で過ごしてきたであろうことがその雰囲気から察せられた。
そんな彼女の退屈を紛らわせるために、
それはあるいは、その出来事に関われない
その理由は?
おそらく、
(なんにせよ、お前がそこまでするような相手だっていうんなら……親友だっていうんなら)
ここは幼馴染みとして一肌脱いでやってもいい。
(まあすでに女装を……化けの皮を剥がされたわけだけど)
とびっきりの面白い話を聞かせてやろう。
ついでに、綾野に対する言い訳もかねて。
「俺があの学園に、こんなカッコしてまで転校することになった理由その2だよ」
「……いや、その2って何。じゃあ、その1は下心?」
それは個人的な動機であって、転校することになった理由ではない。
その1はもちろん、綾野のお嬢様口調の謎を探るためだ。
一方その2は、歩子が転校するに際し、学園側が出した条件とでもいうべきか。
この女装潜入は、なにも親バカな父親が娘を心配して独断で行ったスキャンダラスな事情ばかりではない、ということだ。
「…………」
どうやらここまでのもったいぶった前振りに、和花も多少は興味を示してくれたようだ。綾野も病室の入口に佇み、話の続きを窺っている。
「じゃあ本題に入る前に、まず前提として、これをハッキリさせておこう――美知志学園は女子校じゃない」
その言葉に和花は一瞬不審そうに眉を寄せたが、すぐに何か思い出したような声を漏らした。
「そういえば……一年前から、共学になったんだっけ」
「あぁ……男子がいなかったから忘れてましたけど、わたくしたちが高等部に上がった年から、男子生徒の入学を受け付けてましたわね」
そう、
その敷居の高さや在籍する生徒の家柄から今でも〝お嬢様学校〟と呼ばれているが、決して完全な〝女子校〟というわけではないのだ。
これは歩もおじさんから聞かされるまで知らなかったから、そのイメージもあってあまりメジャーな情報ではないのかもしれない。
「だけど、今もって学園には男子がいない。初等部の方は〝共学〟を名乗れるくらいには入学者がいるらしい。でも、中等部、そして高等部はご存知の通りだ。未だに〝女子校〟。そのイメージが強い。でも、別に受験しようっていう男子がいなかったわけじゃあ、ない」
少数ながら、在校生のほとんどが女子であるという夢のような学園への入学を希望する生徒はいたらしい。昨年も、今年も――しかし、男子の合格者はゼロ。
「なぜかっていうと……伝統と格式ある美知志学園には、それを守ろうとする古参の先生や卒業生がいて、それから我が子に変な虫をつけたくない一部の保護者たちによる圧力がある、らしい」
学園の受験は一般校と同じく……とはいってもかなり難度の高い学力テストと、教師陣による面接がある。
下心から入学を望む程度の生徒は学力テストに弾かれ、それでもしつこく生き残った、あるいは純粋に、美知志の校風から進学先に選んだ男子も、悪意ある面接の前に儚く散るのだ。学園の伝統や規律を守るために厳しい質問を浴びせる教師でもいるのだろう。
また、卒業生はもちろん、在校生の保護者の中には多額の寄付をする資産家や実業家がおり、学園側としてはそうしたスポンサーともいえる人たちの意見は無視できないはずだ。
そんな事情を抱えているにもかかわらず、学園が女子校から共学へとその間口を広げたのは――
「まず、学園の財政事情。スポンサーがいるとはいっても、学園の〝一人の生徒の夢を応援する〟理念に力を注ぐためにはお金がかかる」
現在社会で活躍できる女性を育成する、という学園の理念。それを維持し続けるための一つの選択肢として、共学化という決定を下したのだとか。
「それから、入学希望者数の減少。お嬢様学校っていうイメージと、実際それに相応しい環境が整ってることがマイナスになってるんだろうな。女子だらけの寮生活……俺としてはアリなんだけど、やっぱり女子高生ともなると恋愛とかそういうことに意識が向くし、バイトも出来なければ外出だって許可のいる寮生活は窮屈なんだと思う」
それこそ何か成し遂げたい夢のある生徒でない限りは、進んで入学しようとは思わない。美知志は綾野のような事情で仕方なくだったり、将来を見据えた少女たちが選ぶ場所であって、今を楽しみたい青春真っ只中な少女たちにはそぐわない。
そして、前者のような少女はそれほど多くはないのだ。
いくら資金があっても、学生がいないのであれば学校としての体をなさない。いずれは統廃合の憂き目にあいその看板を下ろすくらいならと、美知志の名前を残すための苦渋の決断があったのかもしれない。
要点だけを掻い摘んだ説明しか受けていない歩には想像するしかないが――だからこそ、学園の存続を望む人たちの分まで頑張ろうなんて気になれるのだ。
歩には役割がある。
それは。
「俺は、学園の――男子がいないっていう現状を改善するために送り込まれたエージェントなんだよ」
男子の入学を拒む、学園内に潜む悪と戦うため――そんなキャッチコピーはどうだろう。
「エージェント」
和花が失笑する。
「……言ってみただけです、特に深い意味はありません」
「……改善って、具体的には何ができるっていうの」
訊ねてくるあたり、関心はあると思っていいのだろうか。
「まずは……男子の入学に反対する一部の先生たちの考えを改める。そのために、俺という男子が、女子の中で生活してもなんの問題もないってことを証明するんだ。つまり……俺の理性が試されている!」
女子の中にいても問題を起こすことなく、順風満帆な学園生活を送ること。それが男子の安全性の証明に繋がり、〝一部の先生たち〟への説得材料になる。
「とはいえ、男子のまま転校することは難しい。面接で弾かれるからな。そこで、女装して潜入しようってことになったんだ」
つまりこの女装潜入は、学園の上層部みたいなところでは黙認されているのだ。
そして〝一部の先生たち〟には隠され『
その証拠に、保健室には
(……なんだけど、計画遂行のために女装がバレるわけにはいかなくて、緊張感を保つためとかなんとかで事情を知ってる〝協力者〟については一切教えてもらってない俺であった)
あの夜なんて、歩の潔白を証明してくれる〝協力者〟が分からなかったため
今となっては暗藤と対等になるための〝
「女装して学園生活を送り、ある程度経ったら……まあ、〝一部の先生たち〟には事情を明かすんだろうな。園辺歩子は実は男でしたって、事後承諾してもらう」
その時、歩はまだ学園にいるのかどうか。問題が起こらなかったとしても、女装が明らかになった上で生活するというのはそうとう気まずいだろうことは想像に難くない。すでに散々味わっているのでお腹いっぱいだ。
(改めて男子として転校してくる……って形で学園に残ることも出来るらしいけど、まあその時次第、俺次第かな)
どうしたいかは、歩に委ねるとのことだ。
どうするかは、まだ決めかねている。
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