第14話 花のように可憐で、猫をかぶったように可愛く(3)




 霧開きりひら和花わかは例の呪いの関係者、しかもその被害者である可能性が高い。

 彼女との接触は綾野あやのだけでなく、暗藤あんどうの秘密にも踏み込めるだろうと思う。


「えー……〝13号室の呪い〟について、霧開さんから話を聞けたらと思いまして」


 女装がバレてしまって今更な気もするが、さすがに綾野の前で例の口調について訊ねるのははばかられ、まずは個人的興味を優先することにした。

 綾野についてはそれとなく、なんならいっそ本人から直接きいてしまってもいい。


 というわけで、なるべく和花の機嫌を損ねないようにしながら申し出ると、


「13号室の……呪い? 何それ」


「ん……?」


 和花は訝しむように顔をしかめた。


「あのー、もしかして知らないんすかね? 俺はてっきり霧開さんもその被害者だとばかり思ってたんだけど」


 少なくとも、元13号室の住人だったのではないか。


「は……? 何? 学校の話? ……それなら綾野が私に話さないのは変ね。いつも勝手にべらべら、聞いてもないことを延々しゃべり続けるくせに」


 それもそうだ。これまでの二人のやりとりから察するに、綾野は学校での出来事をなんでも和花に話していそうだ。にもかかわらず、この件にだけ触れていないというのは不自然だ。何かあるのだろうか。


(触れるのはマズい……か? でも事前にこの件について探ってるって俺は言ってるし、綾野は止めなかった)


 自分からは話したくないが、こちらが話す分には構わない――綾野の様子を窺うに――というよりむしろ、話してほしいといったところか?


「面白そうじゃない? 何それ? 私のことディスって怪談にでもしてるの?」


 和花の言葉を受けて、そういうことか、と納得する。場合によってはそれは、和花にとって不快な話になるだろう。だから綾野は話さなかったのだ。


「違いますわ。ただ、寮の13号室は呪われてるって話ですのよ」


 和花に揶揄するような視線を向けられ、綾野は仕方なくといったように、ため息交じりに応えた。


「13号室……?」


「その部屋は呪われていて、寮生がころころ変わるんだと。怪奇現象が起こるらしいんだ。……で、俺は君がその部屋にいたことがあったんじゃないかと思って」


「いたことはあるけど、そんな怪談は初耳。けど――ふうん? なるほどね、その怪談の真相は察しがつく」


「え? マジ?」


 和花の見解に興味を抱く。彼女は得意げに告げた。



「――悪霊の仕業よ」



 ………………、


「何よ」


「いや、うん、なんていうか……想像通りというか、平行線たどってるみたいな?」


 その拗ねたような表情は想像の斜め上に可愛らしいが。


 和花は気を取り直すように咳払いしてから、


「知らないんでしょうけど、あの部屋には悪霊が棲んでるのよ。むかし、あの部屋に住んでいた女の子が交通事故で亡くなってね」


「お? それは俺も初耳」



「顔を隠すくらいに前髪が長すぎたせいで、前からくる車に気づかず吹っ飛ばされたらしいわ」



「…………」


 得意げというか不敵な表情で、和花がこころなしか楽しそうに語るものだから、歩子あるこは口を挟まず続けさせることにした。


「13号室に起きる怪奇現象の正体……それはその女の子が悪霊となって、自分の送れなかった学園生活を享受しているあの学校の生徒たちを呪っているの」


 オーケストラの演奏を終えた指揮者のように、語り終えた達成感のにじんだ「どう?」とでも言いたげな顔になる和花。いわゆるどや顔である。


 ……パチパチ、と。

 綾野が指だけで小さく拍手をした。和花は少しだけ恥ずかしそうにこほんと咳払い。


「……えー、つまり、霧開さんは怪談の正体は悪霊の仕業だと」


「改めて言い直さないでくれる?」


 恥ずかしいでしょ、とでも続きそうだった。


「だからそう言ってるじゃない」


「じゃあ霧開さんは悪霊を見た?」


 歩子の考える通りなら、和花もその〝悪霊〟に呪われているはずなのだが。


 和花は神妙な面持ちでうなずいて、



「噂通り髪の長い、さだこみたいな女の子だった。ほんと、いかにも悪霊、怨霊のたぐいって見た目だったわ――、」



 何やら怖がらせようとしているように思えるものの、その〝悪霊〟とは間違いなく、


「暗藤さん……だよね?」


「……何? 知ってるの?」


 怪談を邪魔されたせいか、和花は途端に不機嫌になって顔を背ける。


「知ってるっていうか、俺、暗藤さんとルームメイトだから」


「…………」


「それでまあ、なんというか……ルームメイトの噂の真相を知りたいというか、それが原因で引きこもってるならどうにかしたいっていうか」


 少しだけ、本心。個人的な興味もやはりあるが、知ってしまった以上は、関わってしまった以上は放っておけない。というより、無視できない自分がいるのだ。


 ちらりと綾野を見やると、


「……そういえば、」


 これまで黙り込んでいた綾野がふと何か思い出したようにこちらを見て、歩子は思わず視線を逸らした。


「?」


 綾野はわずかに首を傾げたが、すぐに気を取り直し、


「暗藤さんは歩の女装それのこと知ってるの?」


「……まあ、成り行きで」


「同じ部屋にいたらそりゃあ気付きますわね。わたくしだって一目見て気付きましたもの。ただ、さすがにそれはあり得ないと思ってすぐには確信に至りませんでしたけど」


「ですよねー……」


 これまで特に触れてこなかったが、女装の話を持ち出されると今更ながらなんだかいたたまれない。現状だと、綾野は歩の女装の理由を知らない。どんな誤解を抱かれていることやら。あとできっちり話をつけておかないと羞恥心に殺されてしまいそうだ。


「名前とかもうちょっとどうにかできなかったのかしら」


「……完全に盲点だったんだよ。外堀とかいろいろ埋めはしたけど、名前は結構直前まで眼中になかったっていうか……」


「まあ幼馴染みのわたくしだから気付いた、というのもあるのでしょうけど。案外クラスの子たちは違和感なく受け入れているようですわ。……とはいえ、さすがに、今日の体育は危なかったですわよ。わたくしが駆けつけなければ、誰かに身体を触られて一巻の終わりでしたわ」


「……だよな、やっぱり。触られたらアウトだよ、いろいろ」


 昔のような雰囲気(口調は違うが)で話せるのは良いものの、話題が話題だけにやや気まずい。早く釈明したいところだが、打ち明けるにしてもいったいどこまで伝えるべきかという迷いがあった。


 こういう時、てっきり和花ならひとを甚振るような笑みを浮かべているのではないかと思い、怖いもの見たさからちらりと目を向けると――


(……さっきまでよりめちゃくちゃ不機嫌そうなんだけど……)


 別に顔をしかめているわけでも眉根を寄せているわけでもないのだが、はっきりとそう分かる硬い表情をしているのだ。人でも殺しそうだ。


 綾野はそれに気づいているのかいないのか……、


「それにしても、あの人見知りする暗藤さんがねえ……知ってて先生たちに報告しないなんて、驚きですわ。もしかして、暗藤さん、歩に気があるんじゃないかしら? それとも歩が何かやらかしたの?」


 意味ありげな流し目を和花に向ける。その口元にはからかうような、それこそ人を甚振るような笑み。和花の様子も気になったが、とりあえずここは弁明する。


「いや……こっちもあの子の弱味、握ってるから。それこそ、〝13号室の呪い〟の真相。証拠品もある」


「へえ?」


「ただ、その動機が分からないからこうして関係者に当たってるんだ」


 関係者に出会えたのは単なる偶然でおまけのようなものだが、それなりの収穫はあった。


(霧開さんが怪談を知らなかった、ということは……もしかして――、)


 頭の中でばらばらに散らばっていたピースがつながるかのような、雑然と並べられていた本がきれいに本棚に収まるかのような――


 少しだけ、時系列が整理された気がする。


(この際だし、霧開さんから――、)


 まだ不明瞭な暗藤との関係を聞き出したかったのだが、


「ねえ」


 平たい、淡々とした、なんの感情も感じさせないからこそ逆に怖い声がした。


「変人同士、仲良くするのは別に構わないけど、いちゃいちゃするなら外でやってくれない? もう用は済んだでしょ」


「あら、ワカさま、一人だけほっぽりだされてたから寂しくなったのかしら? それならそうと言ってくれれば、一緒にお喋りしてあげますわよ?」


「……誰が。それより、さっきから聞いてればわざとらしくて吐き気がする」


「わざとらしいって何かしら? ワカさまをスルーしてる件?」


「女装がどうのって話よ。ほんと、嘘くさい。これ見よがしにそれらしく話したって、実際どうやって男子があの学校に転校できるのよ? 幼馴染みだかなんだか知らないけど、あなたはあなたでどうして社会的に終わるリスクもあるのに、女装までしてあの学校に入ろうと思ったのよ?」


「それは……、」


「盲点どころか、設定にいろいろ欠点ありすぎよ。下らない演技はいいかげん止めにしてくれない? どうせあれでしょ、自演でしょ?」


 本当は女装などしてお嬢様学校に潜入しておらず、ただこの時、今この場所だけの演技だろうと――そう告げる和花の瞳からは、訝しむというより蔑むような、疑念よりも嫌悪を感じさせた。


「おほほ」


「というか、それもやめてくれない? 大部屋の病室にいた時、あなたがそれで笑うたびに、私、死にたくなったんだから」


 それには歩も全力で同意だった。バスで出くわしてからこの病室まで、綾野の口調を聞いた周りの人々の反応+女装して出歩いている現状にどうにかなりそうだった。正直、バスからここまでショートカットしたかのように断片的な記憶しかない。


「恥ずかしくて? かしら」


「……当たり前じゃない。なんでこんな恥ずかしい子がほとんど毎日のように私のところにやってくるのか、こんな変人に懐かれた自分の運の悪さを呪ったわ」


 怪談を得意げに語っていた時から一転し、今の和花の言葉には単なる皮肉じゃない、憎悪がこもっているように聞こえた。


 綾野に対するものというより――自分自身に対する。


 和花のその視線が先ほどから床に落とされ綾野を見ていないから、そう感じただけかもしれないが。


 なんにせよ、今の和花は、こちらに出ていってほしい――ひとりにしてほしいと、態度で示しているように思える。


「早く消えてよ。それで、もう二度と来ないで。うざいのよ」


 それに気づかない綾野じゃない。肩を竦めてみせると、何も言い返さず和花に背を向けて、そのまま病室を退出しようとする。


「…………」


 さすがの綾野も今のは堪えたのだろうか。それとも和花の意を汲んだのか。

 いずれにしろ、彼女の幼馴染みとしては――言われっぱなしは癪だった。


「……何?」


 こちらの視線に気づいた和花が顔を上げ、訝しむように目を細める。

 歩はにやりと笑みを返した。


 好都合だ。



面白設定おもしろいはなし、聞かせてあげようか?」



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