第5話 初夜(1)こころは波打つ
『
園辺歩子という少女の背景はほとんどが架空のものなのだが、どうやら
仲良くしてあげてね、と保健室の
「暗藤さん、夕食の時間――」
「…………」
無視である。
「よし、予習復習するぞ……」
「…………」
消灯である。
相部屋というのはなかなか難しいものだ。
一応、二つある学習机にはデスクライトが備え付けられているのだが、部屋の明かりを消されてしまうとさすがに勉強しようという意欲も失せる。消灯時間がいつだったか忘れてしまったが、ここは先人に倣って自分もベッドに入るべきだろうか。
(まあ、疲れたしな……。勉強は追々……)
保健室でも結局、暗藤ショックによって眠れなかった。うっかり仰向けに寝転び、下半身のテントに気付かれても困るから、それとなく惰眠に誘う心の中の悪魔と戦いむしろよけい疲れたくらいだ。
それから、寮での夕食後に入ったお風呂。あれもマズかった。正確には個室のシャワーを使って、女子たちがきゃっきゃうふふしてる「大浴場」には立ち寄らなかったのだが――こればかりは〝女装〟で乗り切ることは不可能、生まれたままの姿で立ち向かう他ない。そして無論、それで勝てる訳もない――ともあれ、熱いシャワーを浴びると、自分がいかに疲れているかを自覚した。
それに、今後誰かに「一緒にお風呂入ろっ」などと誘われたらどうしようなどと、よけいな懸念まで生まれてしまった。いくらシャワーでも、心労までは洗い落とせない。大浴場が恋しかった。
(一緒にお風呂……夢のシチュエーション……。修学旅行ならありうるだろうけど、ここの子たちにとっては日常だろうし……でも女子ってトイレとか一緒に行くしなぁ……?)
とまれ、まあそんな具合でいろいろと疲れているし、努力しようという姿勢は大事だが、今日くらいは素直に休んでもいいのではないか俺。
(よし、寝よう)
近くですやすや眠る女子がいるこの密室で、あーだこーだと無理に頭と心を悩ませる必要もない。
(二段ベッドでよかった……。カーテンとかで仕切られてはいないけど、上と下に分かれてるってだけでもパーソナルスペース確保できる)
欲を言えば上の方が、こちらの身体の下の方も安心できたのだが――まあ、わがままは言うまい。寝よう。
布団からはお日様の匂いがした。布団についたノミやらダニやらの死骸の匂いとかいう話も聞くが、これは歩子が入るにあたって、学校側がちゃんと準備してくれた証拠だ。13号室の怪談……別にお払い箱にしようとかそういう意図はないだろう。あれは単なる噂話だ。
「…………」
特に寝息は聞こえてこないが、上に人がいると思うと少しだけ心強い。知らない場所で一人きりの夜を迎えるよりずっとマシだ。ルームメイトがいてくれてよかったとすら思う。たとえ相手が傍若無人なSADAKOでも。
明日からのこと、園辺歩子本来の目的……いろいろ考えるべきことはあるが――
「すう……」
と気付けば眠りにつき、
「うっ……、」
それは夜中、微かな息苦しさを覚え、園辺歩子は目を覚ました。
「あ、く……」
口内にたまった唾液を飲み下そうとすると、喉が圧迫される。
冷たく、しっとりと汗に濡れたかのような感触が首に巻き付いていた。
(蛇の夢を見たら、金運が……)
漠然とそんなことを考えていると、次第に喉以外にも圧迫感を覚えた。
体に重圧を感じる。
何かが乗っているかのような重みがあり、息苦しくて寝返りを打とうとするも体が動かない――、
(うう……?)
頭の上に伸ばされた両手はまるで何かに繋がれているようで、足は太ももと胴体が固定されているのかびくともしなかった。
部屋は照明を落としていて真っ暗だが、寝ぼけた頭は少しずつ状況を把握する。
(……え? あ? 何これ? 金縛り……?)
一瞬パニックに陥りそうになるも……いや、そうじゃない。
この手首にある感触は――縛られているのだ。
じゃあ、この喉を締め付ける柔らかな感触は……?
パッ
と、暗闇に慣れつつあった視界が白く染まる。
(くっ、今度は……っ!?)
思わず目を細めた時、うっすらと見えたのは。
こちらを覗き込む、黒い――、
「さだっ……、」
こ、と言い終わる前に何かが口に押し付けられ、押し込まれた。一瞬だけ喉の圧迫が緩むも、別の感覚の洪水に苦しむ羽目になった。舌に触れる滑らかな感触、唾液を吸われて口内が乾く。えずきそうになって口を閉ざすと柔らかな歯応えがあった。布だ。
身動きもとれず呼吸もままならない中で歩子は必死に体をよじった。
何かいる。体の上に何か、誰か乗っている……!
荒くなる鼻息、手首に食い込む紐、下腹部のあたりに蒸れるような体温、踵でベッドを叩く。
そしてめいっぱいに、両目を見開いた。
(暗藤、さ……!?)
この怨霊めいた前髪は間違いない。暗藤灯。彼女が歩子の体の上に乗っている。
先ほどの突然のフラッシュはどうやら
不気味なことこの上ない。
(なんっ、何なんだよいったい……!?)
相手の正体が分かって多少落ち着きを取り戻すも、まだ冷静とはいえなかった。鼻でなんとか呼吸しているも、お腹を圧迫され息苦しさは増す一方で、とてもじゃないがまともにものを考えることが出来ない。
暗藤は歩子が使っていた掛け布団を頭から被っていて、その見た目も合ってまるでホラー映画に登場する怨霊のようだった。掛け布団の中に隠れ、ひとの下腹部の上に腰を落としており、両足で挟み込むようにして歩子の胴体を固定している。器用にも足の甲で歩子の太ももを上から押さえつけているようだ。がっしり拘束され、やれるのはせいぜい踵を踏み鳴らすことくらいか。
手首は紐のようなもので縛られ、ベッドに繋がれているらしい。散々暴れたお陰で先ほどより稼働範囲が広くなっている気もするが、簡単には解けそうになかった。
いったいぜんたい、これはどういうシチュエーションなのか。
それを視線で問いかけるも、暗藤は気付いているのかいないのか、携帯を持っていない方の手を歩子の胸元に伸ばした。
(ちょっ、こいつ……!)
再び身をよじるも、暗藤はボタンを引きちぎるほどの強引さで、おじさんがチョイスしてくれた可愛らしいパジャマを脱がしにかかる。
(お、おかされるー……っ!)
しかし、その手が不意に止まった。
「あ……?」
暗藤の声だ。何かに気付いて思わず漏らしてしまったかのような声音で、ディスプレイに照らされた唇が痙攣するように閉ざされる。
(ま、まさか、おいまさかッ、やめろ! そこはさわっちゃ――、)
ぺたん、と。
暗藤の手の平が歩子の胸に触れた。
なんの膨らみもない、硬い胸板の上に。
シャツ越しに、汗で湿った暗藤の手のひらの感触が、その体温が伝わる。
心臓の音すら伝わってしまいそうなほどの静寂が訪れた。
(おー、まい、がっ……)
歩子の全身から嫌な感じに力が抜ける。
あとはなすがままだった。
暗藤の手つきが慌てたものに代わり、すぐに歩子のパジャマの胸元をはだけさせると、今度は直に、ぺたぺたとひとの胸を触り始めた。
(もはや貧乳だという言い訳すらできない)
こんな事態、誰が予想しただろう。予想できただろう。
女の子同士が胸を触りあうような
しかし、まさか、こんな……こんな……。
(女の子に襲われるなんて、誰が……!)
とどめを刺すように、暗藤がつぶやいた。
「お前、男……?」
うわあああああああああああああああ……!
BAD END
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