花暮れる

 花が暮れる帰り道。

 いつか泣き止んだ、あの空に溺れて午後6時。

 前を向くことに疲れたから、視線を空へと向ける。


 赤色に溶ける町並みの匂いで、

 子供の頃に見た映画番組を思い出す。


 視界の外で、自転車が空回りしている。

 

 

 

 

 遠くで、秋の蝉が鳴いている気がした。

 どうしようもなく、胸がざわめく。

 たぶん茜色が、

 どこかに置いてきた夢の色と同じだったから。


 いくつの季節を繰り返しても、

 擦り切れることのない過去の色。

 

 がらんどうな身体だけが、アスファルトの上。


 いつか言い忘れた「さよなら」が、

 夕焼けに沈んで漂っている。

 







 咲き誇る花はいつか散る。

 月が見えない所にも、夜明けは訪れる。


 ビー玉の円環は、色とりどりの痛みを抱えている。

 忘れものは見つからないものだから、

 いつかは前に、進まなければならない。


 風に揺れる夕べの花。

 忘れかけている笑顔。

 幼い頃に見た星の名前。


 夏の匂いと、すれ違っても振り返れない。


 踏み慣れた階段。

 後ろに昇ることはできないのだと、

 大人になったから知っていた。

 


 


 夢の中で、忘れてしまった言葉がある

 遠いどこかで見知らぬ花が散るように

 零れ落ちた涙がいつか空に還るように

 夕闇の去り際に置いてきた、

 口に出したことのない忘れものがある



 少しだけ、寄り道をしてみようか。



 階段の中ほどで振り向いた先には

 暮れる世界をふわり舞う

 茜色咲く 花の空。

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