銀河の幽霊

 夢の在り処は、たぶん夜の底。

 牢屋のような部屋で、狭苦しい宇宙服を着て独り。


 口を結んで、

 滴る涙の味は、冬空のカシオペアみたいに遠くなる。


 瞼を閉じて、

 カーテンを閉めた部屋を見上げれば星の海。


 耳を塞ぐ。

 温かい掌からは、銀河を揺蕩う鯨の唄。


 鯨が唄い、星々が輪唱する。


『君は空の色を知っているかい』

『百億の夜が泳ぎ、百億の昼が波打っているよ』


 ひんやりとして心地いい波音が聞こえてきた。

 引いては寄せる単調な音色。

 砂と水が奏でる原音。

 無数の泡沫が生まれては消える、

 いのちの歌。

 

 頬を伝う涙の熱さで、目が覚めた。

 鮮やかな色彩は波のように引いて、世界は小さな部屋の夜に沈む。


 窓の外はあまりにも遠くて、カシオペアはカーテンに遮られている。

 枯れ果てた天井には、豊穣の星々なんて浮かばない。

 星空を泳ぐ鯨には、このちっぽけな世界は狭すぎる。


 ペットボトルの底みたいな世界には、なんにも無かった。

 ただ夜の奥底から、鼓動だけが聞こえている。

 鼓動だけが鳴っている。

 耳を塞いでも、伝わってくる。


 硝子の夢が剥がれた部屋は、ビー玉を口に含んだモノクローム。

 削りすぎた鉛筆みたいな空間には、価値のあるものなんてない。

 ふと、どこかから遠雷が聞こえた気がした。


 音の在り処を探して、窒息しそうなヘルメットを脱ぎ捨てる。

 灯りのなかった部屋には、一筋の夜が射し込んでいた。

 咄嗟に駆け寄り、遠い遠い夜をガラス越しに覗く。


 吐息が凍って落ちる世界で、窓の外に見えたのは、


 夜しか見えない、銀河の幽霊。

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