第2話 神格:全知全能
目を覚ましたのは森の中だった。
うっそうと茂った木が思い思いに枝葉を伸ばしている。その中、都合よく空いた広場のような場所に俺は立っていた。重なり合う枝と枝の間を縫って降り注ぐ日光が、俺のいる場所に降り注いでいる。
「っ、と」
立ちながらウトウトしたように、自分が地面に立っていたことを忘れていたように一瞬よろけてしまう。
直立しながら眠りから覚めたみたいだ。
「ここが、異世界なのか……?」
確かに、生まれてから15年、こんなに木が生い茂った場所には来たことがない。だが、特にTVでみるアフリカのジャングルとの違いが分からない。流石に熱帯雨林と比べて植生が違うことくらいはわかる。言いたいのは、異世界だとわかるものがないということだ。
服装は俺の高校の制服、学ランだ。夏前、衣替え前の服装でちょうどいいくらいの気温だ。
「どうしようか……」
装備は何もない。水・食糧も何もないこの状態では数日後まで生きていけるのかすら怪しい。一番の目的は人に会うこと。水と食料、寝床をどうにかして確保しないといけない。この地域について知らないと生きてはいけない。
そもそも、この世界が本当に異世界なのかを気にするべきか? いや、心配しすぎだったら、笑い話になるだけだ。人に出会って、日本語が通じて、警察に行く。そうなれば万事解決……俺をここまで誘拐した犯人が誰だって話になるくらいだな。もしも海外だったら、それはそれで問題だけど。
俺は少し笑い、歩き出そうとして―――何か音が聞こえてきたことに気が付いた。風が枝葉を揺らす音に紛れて、2つの足音と幹が悲鳴を上げる音が、しかもこっちに近づいてくる。
片方は人の足音に聞こえる。もう片方は重量感のある、四足歩行だろうか。こんなに大きな生き物、動物園でも見たことがないぞ。
「……なんでこんなに詳細がわかるんだ?」
当然ながらそんな特殊訓練は受けた覚えはない。明らかに自分が知っているよりも、自分の体のスペックが高くなっている。
思考の時間は与えられなかった。
「うわっ!」
「わっ!」
茂みの奥から飛び出してきた人影に体当たりされてしまったのだ。俺を下敷きにするように地面に倒れこんだ。よほど必死に走っていたのか、胸の上にある頭は、しきりに空気を取り込もうとしている。
「君っ! 大、丈夫……」
この人を追ってきていたモノが、俺たちの目の前に姿を現した。
それは熊だった。4足歩行で、黒い体毛の所々には葉っぱや木の破片が引っかかっている。だが煌々と光る赤い目の熊なんて、俺の知っている熊ではない。獲物が立ち止まったからか、後ろ足2本で立ち上がった。4メートルはある。
ツキノワグマに出くわしても卒倒する自信があったが、ここまでのサイズになると、呆然と見上げるしか出来そうもない。
「に、逃げて、くださいっ! し、死んじゃいます!」
上に乗っている人が必死に言ってくる。
逃げようと思って逃げられるものなのか? でも、人の足でそれなりに逃げられていたみたいだし、可能なんだろうか。逃げるにはまず上からどいてもらいたいんだけど。
この人も混乱しているんだろう。俺も、足腰に力が入りそうにない。
逃がさないとばかりに熊は両手を広げた、俺の胴体ほどもある太さの腕はどう見ても俺たちをハグしようとはしていない。下手な刃物よりも大きな牙や爪で引き裂かれれば、俺の体の中のものがこぼれてしまうだろう。
どうしようもない、そんな言葉が頭をよぎったが、都合よく1つの希望があることを思い出した。
あの神様―――ゼウスと名乗っていた―――が与えてくれた能力である。『神格:全知全能』。とんでもない単語が並んでいるこの能力。もしも使えるのならこの状況を打破できるのかも―――
「ひっ、ぁっ」
俺の上にいた人はいつの間にか泣き出し、俺にしがみついていた。
もう立ち上がって逃げられそうにはない。じりじりと距離を詰めてくる熊は少しの動きにも反応し、襲い掛かって来るだろう。
もうやるしかない。
「『神格:全知全能』……っ!!」
初めて使うはずなのに、発動には何の不安もなかった。使おうと思った瞬間に、俺の体から黄金の光があふれだし、そのまま俺の体を包み込んだ。
「GAAAAAAAAAAAA!!」
俺が発光したことが攻撃だと思ったのか、熊は咆哮とともに襲い掛かってきた。遠心力を加えた五本の爪が、俺たちに迫る。しかし俺には、そのすべてがスローモーションに見える。
爪に合わせて拳を繰り出した。
拳という柔肌と鋭い爪ではどちらが傷つくのか。答えは、爪の方だった。
拳に当たった瞬間に爪は砕け散り、そのまま熊の腕を砕いた。それだけにとどまらず、拳の衝撃で肩まで千切れ飛んでしまった。その衝撃は後ろの木々をなぎ倒して消えた。
俺達に生暖かい液体が降り注いできた。抱き着いている人が身を固くする。
「GUGYAAAAAAAAAAAA!!」
悲鳴のような鳴き声を上げるが、それ以上に今俺が引き起こした現象に唖然としていた。まず本当に能力が発動したこと。ただの拳が巨大な熊の片腕を持って行ったこと。それだけにとどまらず、後ろの植物にまで拳の衝撃が伝わっていること。
まさか反撃されるとは思っていなかったらしい熊は、傷口から血を噴出させながら森の奥に消えていった。
「こ、これで助かっ―――ぅ、ガアアアアアアアアアアア!!」
ほっと胸をなでおろしたところで、とてつもない激痛が体を襲ってきた。今まで体験したことのない、体の中で何かが暴れまわっているような、今にも皮膚を破って出てきそうな激痛だ。
「だっ、大丈夫ですか!?」
上に乗っていた人は必死に問いかけてくるが、申し訳ないことに俺の口から出るのは悲鳴だけだ。
そして、体の中で暴れまわっていた怪物は、とうとう外に出てきた。皮膚のいたるところから血が噴き出してきたのだ。学ランの舌は白いYシャツなので余計に血が目立つ。体が急速に冷えていく。痛みが段々と引いて、ひたすらに寒いという感覚になっていく。
耐えきれなくなった俺の意識は、糸が切れるようにそこで途切れた。
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