第2話 手ぇ抜かへんで

「それでは、本日より中之島の音楽イベントに向けた此花学園、宝塚南両校の合同練習を始めたいと思う。今回の練習を仕切られせてもらうのは、私、富眞莉愛と……」


「宝塚南高校二年生、学年リーダーの伊藤めぐです。よろしくお願いします」


 ステージ上でセクションごとに分かれた両校の部員たちが、前に立つ二人に拍手を送る。それを鎮めるように、眞莉愛は両手を前に出してゆっくりと上下させた。


「本番まではすでに二週間を切っている。こうして両校が集まる機会も数日しかない。それに半数以上が一年生だ。こういった外部のイベントに出演するのが初めてという人もいるかもしれない。そんな中で四曲も仕上げていくのは簡単な作業ではないと思う。けれど、短い時間でも集中して練習を積み重ねれば、必ず成功させることが出来ると私は信じている」


 普段から眞莉愛の言葉を聞いているだろう此花学園の部員はもちろん、宝塚南の部員もとりつかれたように眞莉愛の言葉に耳を傾け、真摯にそれを受け止めているように感じた。


 眞莉愛の放つ言葉には魔力のような力がある。知子も同じようなものがあった気がする。それはきっと楽器が放つ音と同じようなもの。知子はフルートみたいな奥ゆかしさのようなものを秘めていたけど、眞莉愛が持ち合わせているのはサックスのうねりのような力強さと矜持。自負心に満ちた言葉だからこそ説得力があるのだろうと思った。


「他校の人と接するのも貴重な機会だ。先輩後輩別け隔てなく、ぜひとも意見を交換しあって、技術の向上に努めて欲しいと思う」


「はい!」


 両校の生徒の返事に眞莉愛は誇らしげに頷く。この団体を束ねる長の風体がにじみ出ていた。


「では、さっそく練習を始めようか。まずはそれぞれの出番の確認からだ。人数も多くオーディション形式は難しいことから、ソロを含めてパートはこちらで決めさせてもらった。普段はメインに立つ者が引き立て役に回ったりしている場合もある。不服なところもあるかもしれないが、両校の良いところを引き出すというテーマを理解してもらい、与えられた役割に徹してもらいたい」


 まずは全員が参加する曲を練習する運びになった。『明るい通りで』と『ルパン三世のテーマ』からだ。ルパンのテーマの方のソロはアドリブの成り行きで決める手はずになっている。曲の尺度も大雑把にしか決めていない。そのせいか、MCを含めても、与えられた舞台の時間を考えると余裕を持った曲数になっていた。


「それでは『ルパン三世のテーマ』からいきたいと思う。……さきほどソロパートはこちらで決めたと言ったが、この曲はセクションしか決めていない。Aパートは楽譜に準ずる形で、Bパートからトランペット、ドラム、ギター、トロンボーン、ベース、ピアノ、サックスの順でアドリブを回し、またAへと戻ってくる。尺も掛け合いもそれぞれのセクションに任せるので練習の中でアイデアを出してくれると助かる。もちろん練習は練習だ。本番で強烈なアドリブをかましてくれても構わないよ」


 そんな挑発的なことを言いうと……、と思い、サックスセクションにいる佳奈の方を見やれば、あからさまにやる気に満ちた顔をしていた。陽葵がチケットを取れたと連絡を寄越してきたのは昨日のことだ。ライバルに一泡吹かせてやりたいとでも企んでいるのだろう。


「この曲はそれぞれの学校のエースの掛け合いになるな」


 みなこにだけ聴こえるほどの声で、明梨が話かけてきた。普段は聴かないその囁きの声色は淫美な香りを漂わせていて思わずドキッとする。


「というと?」


「ピアノとドラムは置いといて、金管やサックスは全員でソロを回すわけにはいかんやろ?」


「確かに」


 サックスセクションだけで両校合わせて九人、トランペットとトロンボーンは十人ずつと、ジャズバンドとしてはかなりの大所帯になっている。もちろん、全員が全曲参加するわけではないし、別の楽器を演奏することもある。ルパン三世のテーマでは、それぞれのセクションからパーカッションに何人かの生徒を回すらしい。それでも、セクションごとでソロを回すとなれば、前に出て演奏するのは一人、もしくは二人で掛け合いをするくらいになるはずだ。


「三年は不在とはいえ、お互いにエース格の部員が誰か自覚があるはずや。そうなれば、自然と掛け合いはその二人で行われる。眞莉愛が曲数を少なくしたのも、これが狙いやったんやろうな。この曲はヴァージョンも多いし、アレンジもアドリブもかなり好きに出来る」


「このためというと、眞莉愛ちゃんが望んでいるのはサックスでの掛け合い?」


「そーいうこと。宝塚南の……あー、三年生を除けば、あの子がエースやろ? それと一戦交えたいと思ってるんよ」


 明梨がわざわざ三年生を除けばと注釈を入れたのは、脳内に桃菜のことが浮かんだからだろう。わざわざ本人のいないところで三年生を立てる意味もないし、明梨はそういうことはしなさそう。つまり、これは明梨の本音だったということだ。セクションは違えぞ、桃菜の方が上手であると認識を持っているらしい。


「練習からバチバチやり合ってくれるんちゃうか? 見ものやで」


 まるで打ち上げる瞬間を待ちわびる花火師のような誇らしさと、サイレンの音を聞きつけた野次馬のような無責任さが共存していた。眞莉愛に対する信頼と見物客としての興味が明梨の頬に不敵な笑みとなって現れる。


「眞莉愛ちゃんは……」


 そこまで言って、みなこは言葉を飲み込んだ。眞莉愛の実力は明梨に訊ねるまでもない。もうじき、この耳で、身体で味わうことになる。明梨に見ものと言わしめた二人の掛け合いを。


「私も手ぇ抜かへんで?」


「もちろん」


「おっ、言ってくれるな。こっちはこっちでバチバチでいこな」


 眞莉愛とめぐが所定の位置に戻り、皆が楽器を構える。みなこもエレキギターのネックに手のひらを重ねた。布を引いたように緊張感がピンと張り詰める。そのなめらかなシルクの上を眞莉愛の通りの良い声が流れていく。


「それでは頭から。Bパートからは先程の順番で」


 七海のドラムスティックがダブルカウントを刻んだ。明梨とは特に決め事はしてないけど、文字通りアドリブで答えるしかない。

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