第6話 印象

 車窓に流れていた街並みが、貨物列車のカラフルなコンテナに塗りつぶされる。何を見ていたわけでもない視線を車内に向ければ、USJに向かうと思われる大きな袋を持った親子連れがちらほら見受けられた。夏休みということもあり、時間次第ではかなりの混雑になるのかも。此花学園への行き帰りは、その辺りも考慮しなければいけない。詩音に訊けば、混雑具合を教えてくれるだろう、とみなこは忘れないようにメモアプリにそのことを書き記す。


 大阪駅に到着するアナウンスと同時に、なめらかなめぐの声が右耳を撫でた。


「なんかすごかったなぁ」


「此花学園? 綺麗やったな。さすが進学校って感じ」


「学校もやけど、富眞莉愛」


「そっちか」


 眞莉愛に対して同級生とは思えない風格や威厳をみなこは感じていた。同じものをめぐも感じていたのかもしれない。


 けど、少し歯に詰まった言い方で彼女は言葉を濁した。


「強烈さを感じたわ」


「強烈か。力強さはあったよな」


「強引と言い換えられるかもしれない」


 強引という言葉が正しいかは分からないけれど、めぐの言わんとすることは分かった。きっとお互いに同じものを差して違う言葉で表現しているだけなのだ。そのみなこの考えを裏付けるように、「統率力というか、この人の指示には従わなくちゃいけないっていう雰囲気がすごかった」と言いながらめぐが立ち上がる。


 電車が大阪駅に到着した。


 ホームドアの左右に大勢の人が並んでいて、我先に良いポジションを確保しよう、と電車の扉が開くと同時にわずかに列が広がる。降りてくるのが女子高生二人を含めた数人だと見るやいなや、みなことめぐをかき分けて、なだれ込むように、扉の中へと人だかりが入っていった。


 特に気にかける様子もなく、めぐは身体を横に向けて人混みを抜けていく。


「会議もほとんど眞莉愛ちゃんが仕切ってたもんな」


 強引さ、もしくは威厳。それがあるように思えたのは、自由奔放な明梨を素直に従わせていたからだろう。もし、明梨を猛獣に例えるなら、その猛獣を眞莉愛は簡単に飼いならしていた調教師だ。ライオンを従わせる調教師は、サーカスの中でもとびきり偉大な人物のようなイメージをみなこは抱いていた。その人に「気を付け!」と言われれば、背筋はピンと伸びるに違いない。


「来年の……ううん。此花学園の三年生は人数が少ないからもしかすると今年からもう、此花学園の中心は彼女なんやろな」


「三年生は四人やっけ?」


「確かそれくらいやったかな? 一昨年の創部やから、当時の新入生には知名度なかったことが要因やろうな。結局、その年の大会で結果を出して、今の二年生からどっと入部希望者が増えたらしいけど」


 先程の会議で出た話によれば、二年生が八人、一年生十七人もいるらしい。入部希望者が増えたのは、大会で結果を出したからというよりも、此花学園自体の部活動が盛んなためだろう。なぜなら、それが理由なら宝塚南だって入部希望者が増えてもいいはずだから。


「こうして自分たちでいろんなことを決めてると、もうじき世代交代なんやなって思う」


 上層階の改札を目指す長いエスカレーターの上で、めぐがこちらを振り返りながら寂寥感のある言葉を呟いた。


「大会まではもう少し時間はある」


「もう少しって言ってしまうくらいしか残されてない」


「寂しい?」


「そりゃ。もっとも長く付き合った先輩やし」


 表情を見られたくなかったのか、めぐがさっと前を向いた。ツインテールが綺麗な弧の字を描く。エスカレーターから降りためぐは迷うことなく、改札の方へと身体をひねらせ、ローファーを鳴らした。


「去年、織辺先輩やみちる先輩と別れるのも辛かったんやから、今年はさらにかもしれない。二年って月日は、振り返るとあっと言う間やったけど、重たくて長い時間やったと思うから。これからのふた月。文化祭と大会と。その二回で先輩たちとの時間は終わる」


「そのどっちも成功させたいな」


「うん。それで私が部長でも安心して卒業できるようにしなくちゃ」


 きっとめぐに寂しさを与えているのは、彼女の中にある確かな責任感だ。託されたバトンにはこれまでの宝塚南の部長たちの思いが込められている。そのバトンを受け取るということは、前の走者の役目が終わるということ。知子がそうしたように、里帆もまた今年の大会という中継地点でめぐのことを見送ることになる。


 改札にICカードをタッチして、めぐはこれまでの空気を変えるようにわざと明るい声を出した。「午後からの練習、このまま行く?」と聴かれて、「一旦、帰るのは面倒くさいよ」とみなこも彼女の配慮に答えるように、冗談交じりのため息をこぼす。


「思ったよりも疲れたもんな」


「他校に行くっていうのは緊張する」


「ほんとそれな」


「めぐちゃんはインターホンの挨拶とかちゃんと出来てたやん」


「出来てたことは否定せんけど、それは緊張してなかったワケじゃないから」


「それもそうか」


 気疲れというやつだろう。滞在時間はほんの二時間ほどだったが、普段の土日の練習よりもどっと疲れた気がした。緊張から開放されたせいか、ぐぅとみなこが飼っているお腹の虫が騒ぎ出す。


「ルクアのレストランフロアでご飯食べてかへん?」


「そうか、もう十二時か。学校行っても食堂はやってへんしな。制服でもええよね? お使いのご褒美に奮発しちゃおう!」


 めぐの言う通り制服で寄り道は如何なものかと思ったが、こっそりトイレで着替えてUSJに行くよりかはマシなはずだ。



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