第10話 ~幼馴染とショッピング~
「へぇ~、最近のは現実のスクショも簡単に取れるんだ。あ、これデザイン可愛い。……最大五十時間稼働!? 前まで十二時間くらいだったのに」
「……なんでお前の方が盛り上がってんだよ」
『リアテンド専用コーナー』の名に恥じず、色とりどり、選り取り見取りに陳列されている端末を目にして、羽美は今日一でテンションを昂らせる。
俺達はわざわざ電車に揺られ、近隣では一番大きいショッピングモールの家電量販店を訪れていた。休日ではあるものの、開店直後ということもあり客足は疎らだ。とはいえ、一時間もすれば人でごった返すことだろう。
俺は駅前の店で買ってしまおうと考えていたのだけれど、羽美曰く「せっかく買うんだから、良いのを選ばないともったいない」とのこと。有無を言う暇もなく連行された結果、今に至る。
「あんたが興味無さすぎるから、代わりに厳選してあげてるんじゃない。むしろ感謝しなさいよね」
「暴君さながらの横暴っぷりだな」
「うっさい、ぐちぐち言ってると一番高いのにするわよ」
「最終的に金払うのは俺だからな?」
俺に向かってぶつぶつと文句を述べながらも、頬は緩みっぱなしで楽しんでいるのが一目でわかる。まあこんな機会でもないと、リアテンドを吟味するなんて許されないだろうからな。とくと堪能すればいいさ。
別に機能性にはこだわらないしな。最近は通信端末としての需要が高まっているとはいえ、元々はゲーム用に開発された機器だ。羽美がどれを選ぼうと、FBをプレイ出来ないなんてことにはならないだろう。
さて、手持ち無沙汰になってしまったが、流石に羽美を放ってうろつくわけにもいかず、手慰みにスマートフォンを手に取る――と、タイミングよく(悪く?)新着メッセージが表示された。
【白雪】おはようございます! 今日は午後から練習ですからね! ちゃんとリアテンドを買いに行かなきゃメッ、ですよ!
……白雪といい陽姉といい、どうしてこいつらは俺への信頼度が低いんだろうか。事実、購入を先延ばしにしようとしていたから反論できる立場にないけども。
ここで無視すると昼会った時にウザ絡みされるのがありありと目に浮かぶので、ポチポチとスマホをタップして返事を送る。
【不知火】ご忠告痛み入るが、君こそ遅れるなよ
【白雪】おやおや、わたしがそんな失態をさらすとでも?
間髪入れずにメッセージが返ってくるってことは、さては暇人だな? 俺も人の事言えないけど。
【不知火】遅刻して慌てふためく姿は想像に容易いが
【白雪】おっと、名誉棄損ですね! 出るとこに出てもいいんですよ?
【不知火】新設から一日にして廃部か。いいんじゃないか。伝説になるぞ
【白雪】ぐぬぬ……ああ言えばこう言う……
【不知火】君はとても殴りやすいから仕方がない
【白雪】うきゃあああああああ! もういいです! 午後の練習でぼっこぼこにしてあげますからッ!
小者臭溢れる捨て台詞を最後に、ようやくスマホが沈黙する。
それにしても、朝からこのテンションとは……ブレーキが壊れたと形容するに相応しいことこの上ない。
ま、昨日のことを変に引きずっていないようで何よりだけれど。
「どうしたのよ、スマホに映る自分の顔なんて眺めて楽しい?」
いつの間にかリアテンドの吟味を終えたようで、羽美は腰をかがめて下から覗き込んできた。
……
「人を勝手にナルシスト認定するな。ただメッセージを読んでいただけだ」
「あ、陽姉から確認でもされた? 颯ってば、やっぱり信用ないわね」
「いや、別の奴からだ」
「……え?」
元々大きな目をさらに丸くして、心底驚いた様子を見せる羽美。しかも大袈裟に手を口に当てて。
「颯……友達いたの?」
信じられないとばかりに、分かりやすく煽ってきた。本当に良い性格をしてやがる。
しかし、どう答えたものか。友達……かどうかはさておいて、素直に事実を伝えるのは憚られる。白雪のことを話すと、話題は自然と部活動へと繋がるから。
――部活動。すなわち、Fantasy Battleについて。
FBをプレイすることには意外にも抵抗が無かったとはいえ、羽美に伝えるとなると話は別だ。こいつの中でFBが消化されているのかどうか、確信が持てないままには口に出来ない。
さすれば、俺に残された道はただ一つ。
「俺も意外だった。どうやら知らない間に旧知の仲を築いていたみたいだ」
「……は? あんた何言ってんの?」
「『やっほ~、久しぶり! 悪いんだけど、ちょっと助けて欲しいんだよね。ほら、わたしたちの仲じゃん! あ、返信はこっち(アドレス)によろしく!』だとさ」
「え、それ迷惑メールでしょ。なにそれ、悲し」
「勝手に送られてきただけだろうが。悲しいとか言うな」
こう誤魔化してしまえば、深く言及されることも無いだろう……などと安堵出来たのも束の間。
「なーんだ。わたしはてっきり白雪さんから部活の連絡が来たのかなって思ったんだけど」
「……は?」
羽美の発言に、今度は俺が目を丸くする番で。こいつ今なんて言った? 部活?
「なに間抜け面してるのよ。入ったんでしょ、FB部」
「いや、そうだけど……お前どうして……」
「簡単な推理よ、ワトソン君。昨日は四月最終日……つまり部活への入部期限。その翌日にリアテンドを買いに行く? そんなのFBのため以外考えられないじゃない」
人差し指をピンと立てて、名探偵よろしくドヤ顔で推論を展開する。余裕綽々の羽美とは対照的に、俺の脳内は少なからず混乱していた。
考えてみれば、リアテンドを買いに来る時点でFantasy Battleと結びつけるのは当然で。ただ、俺がFBを再開すると知った上で羽美が付き添うなんて思いもよらず、勝手に可能性を排除していた。
それ程に、彼女との決別は心に刻み込まれていて。
「……なんてね。ホントは陽姉から全部聞いたんだ」
考え込んで言葉を発しない俺を見かねたのか、いたずらが見つかった子供みたいに舌を出して惚けてみせる。
そんな羽美の表情や声色からは、悲しみや怒りのような負の感情はこれっぽっちも感じ取れず。
「ま、頑張りなよ。結構ブランクあるから大変だろうけど、颯なら全国大会くらいは進めるんじゃない?」
ややひねくれた言い回しで、それでも俺の背中を押そうとする彼女の言葉は、きっと本心だ。
彼女は心から、俺にFBを続けて欲しいと願っている。三年前と――いや、三年前から変わることなく。
「部活どうするんだろうな、って心配してたんだけど、あんたにはやっぱりFBしかないわよね」
羽美の一言一言が、俺の心に突き刺さる。
――羽美は知らない。
俺がFBを手放していた本当の理由を。
「ダイブして仮想空間で応援……は無理だけど、モニターから見守るくらいはしてあげるからさ」
彼女は勘違いをしている。俺がFBを辞めたのは、自分との決別が原因であると。
……違うんだよ、羽美。
お前は何も悪くない。これは、きっと罰。自分本位にお前を振り回して、傷つけた代償。
羽美が俺のために三年の溝を飛び越えてきてくれたのは、素直に嬉しい。でも、俺が俺を許さない限り何も変わらないんだ。そして、それは一生――
「だったら負けた時、言い訳に使わせてもらおう。声援が足りなかったってな」
ぐちゃぐちゃに渦巻く胸の内がこぼれ出ないよう、極めて冷静に、平然と、らしい台詞を吐く。
本当の理由を羽美に悟られてはいけない。
根っから優しい彼女は、きっと背負い込む。
それだけは、何としても回避しなければ。
「うっわ、最低。実力不足を女の子のせいにするようじゃ、一生彼女なんて出来ないでしょうね」
「そもそも欲しがってない」
「はいはい……っと、これなんか良い感じじゃない?」
選び終えていたであろう黒色のリアテンドを棚から摘み上げると、そのまま俺の首筋へと手を伸ばす。必然的に羽美との距離は縮まり、長く伸びた黒髪がなびいて、ふわりと懐かしい匂いが届く。僅かに心臓が大きく拍動した……気がした。
恋人にネックレスをプレゼントする時のような行動をしながらも、羽美は特に気にした風もなく、俺にリアテンドを装着させると身体を離してうんうんと頷く。
「うん、似合ってる似合ってる。鏡見る?」
「いや、いい。これにするよ」
「簡単に決めるわね。安い買い物でもないのに」
「……お前が選んでくれたからな」
三年。昔は仲が良かったとはいえ、三年間も干渉がなかったのだ。相当に勇気を振り絞って俺の家へ来たに違いない。
そこまでして見繕ってくれたものに、文句なんてあるはずないだろう?
「そ、そっか」
「照れるなよ。俺も恥ずかしくなるだろうが」
「あんたが珍しく素直なのが悪い! ほら、さっさと買って来なさいよ、バカ!」
「了解」
背中を押されるがままに、促されるままに、羽美が選んだリアテンドを手にレジへと向かう。途中で振り返ると、俺に向けてあっかんべーのポーズを取る羽美。照れ隠しなのがバレバレだ。
まるで昔に戻ったかのようなやり取りに、自然と笑みがこぼれる。ずっと忘れていた。こんな奴だから、俺はFBを捨てでもそばに居ようと思ったんだ。果たされることは無かったけれど。
古い記憶を閉じ込め直して、今度こそ立ち止まることなくレジへと向かう。
……ちなみに、彼女の気に入ったリアテンドは最新型だったようで、予算どころか預金の大半が消え去った。それを聞いて大笑いする羽美を見て、俺は考えを改めた。
やっぱり、性格悪いわこいつ。
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