第11話 ~感謝の気持ち~

「ね、あんたの買い物手伝ってあげたんだし、ちょっと付き合いなさいよ」


 ひとしきり笑い終えてから、羽美はあっけらかんと言い放った。


「……感謝の押し売りとはこのことか」


「ん? なんか言った?」


「何にも」


 涼しい顔でほほ笑んではいるが、言葉の節々から圧を感じる。最初から俺に選択権は与えられていなかった。


「で、どこに行きたいんだ」


「んー、特には決まってないけど」


「……おい」


「まあいいじゃない。どうせ部活までは暇でしょ? わたしも午後から学校行かなきゃだし、ぶらぶらして、早めにお昼食べたら丁度いい時間になるわよ」


「はいはい……っと、学校に用事って、もしかして部活か?」


 羽美も俺と同じく峯ヶ崎学園の生徒。何かしらの部活動には所属している筈だ。

 学校での落ち着いたキャラクターから察するに、運動部ではなさそうだが……


「そ、弓道部。何となくノリで決めたんだけど、うちって強豪らしくてね。ゴールデンウィーク中もずっと練習」


「へえー。お前が弓道ねえ」


「なによ、その興味なさそうな返事は。文句あるっての?」


「納得しただけだ。何でもかんでも噛みつこうとするな」


「人を見境のない犬みたいに言わないでよね。……こんな姿を見せるの、颯だけなんだから」


「はいはい、そいつは光栄ですね」


「……チッ」


 軽くあしらわれたのが気に食わなかったようで、俺にも聞こえるよう思いっきり舌打ちをしやがる。

 騙されるわけないだろう。クラスの男子ならいざ知らず、演技派女子であることを熟知している俺が。


 それにしても、弓道部か。らしいっちゃらしいな。小学生の頃は短かった黒髪も、今や長く伸ばされていて、清楚系のパーツとして機能しているし。袴姿も容易に想像できる。性格的にも……まあ、学校の連中なら違和感ないだろうな。


「……なにジロジロ見てんのよ」


「あー、いや、お前も大変だなって」


「え、なに? 急に同情されても恐怖しかないんですけど」


「学校での猫かぶりだよ。あれ、陽姉が原因だろ?」


 羽美が学校でキャラを演じ始めたのは小学生の頃から。なかなかに筋金入りではあるが、事の発端は陽姉こと我らが担任教諭だったりする。


 俺たちがFantasy Battleにのめり込むより前、従姉弟で近所住まいの陽姉はよく遊び相手になってくれた。特に同性の羽美が一番懐いていて、陽姉の適当な台詞を神の啓示とばかりに信仰していた時期があったのだ。小学生からすれば、高校生でも大人に見えるから仕方がない。


 ただ、陽姉は昔からポンコツな面があるので、高頻度で滅茶苦茶なことを言っていた。その迷言集の一つに、『女は演じてなんぼのもんじゃい!』と、今考えれば彼氏に振られてヤケクソだったんだろうが、はた迷惑なものがあって。陽姉に対しては疑う心を持っていなかった羽美は、まんまと洗脳されてしまった。


 当然、その事件が記憶に残っているようで、羽美はあははと乾いた笑いを零しながら、


「ま、きっかけはね。でも大変なんて思ったことはないし、むしろいい事の方が多いわよ? 特に男子が好感度稼ぎに色々助けてくれるし」


「……クラスメートに聞かせてやりたいよ」


「あんたが言ったところで、誰も信じないわよ。あ、そもそも話相手すらいないか」


「お前は皮肉を混ぜないといけない呪いにでもかかってんのか」


「あら、ごめんあそばせ。ついつい本音が出てしまいましてよ」


「……キモ」


「おいこら。キモいって言うな」


 言葉で殴り合いながら、ショッピングモール内を目的無く歩き続ける。時々、羽美が気になる物を見つけては立ち止まったり、店に入ったりしながらも、結局は何も買うことなく時間だけが過ぎていった。


 それでも羽美は楽しそうにしていたし、無駄な時間ではなかったと思う。


「っと、もうこんな時間か……」


 待ち時間の合間合間に初期設定を済ませたリアテンドで現在時刻を確認すると、既に午前十一時。制服に着替えるため一回家に帰らないといけないから、そろそろ飯にしないと集合時間に間に合わなくなるな。


「おい羽美。ぼちぼち昼飯にしよう」


「ん~」


 やや離れた場所に居る羽美に向けて声を掛けるが、返ってきたのは生返事。その場から動く気配が全くないので、仕方なくこっちから近づく。


 何をしているのかと思えば、神妙な面持ちで手にしたアクセサリーと睨めっこをしていた。ピンクゴールドのハートを大きく歪ませたようなデザインのネックレス。


 ファッションに欠片も興味がない俺にセンスの良し悪しは判断できないけれど、彼女が購入を迷っているのは一目瞭然だった。


 俺が接近しても意に介さず、しばし逡巡。けれど、最終的にはネックレスを元の場所へと戻してしまった。


「買わないのか?」


「うーん……可愛いんだけど、わたしのイメージには合わないかなって」


「イメージねぇ……」


 似合うと思う――なんて浮ついた台詞を直接伝えるのは躊躇われて。代わりに、台座に戻されたネックレスの値段を横目で確認する。


 ……安くはないな。けれど、なけなしの残金でも買えないことはない。


「ほら、行くわよ」


「……お前、先に出てろ」


「は? どうして?」


「俺もすぐに出るから」


「説明する気はないのね……ま、いいけどさ」


 不審そうに訝しげな視線を向けつつも、羽美はそのまま店の外へ。その姿を見届けてから、目当ての品を手に取りレジへと向かう。別に羽美と一緒でもよかったんだが、押し問答になりそうだったからな。

 手早く支払いを済ませて、俺も店から出る。


「あれ、ホントに早かった。何か買ったの?」


「ああ……ほら」


 そう言いながら、店員から受け取った小袋をそのまま羽美へ。


「……何のつもり?」


 取り出したアクセサリーをまじまじと眺めつつ、ことさら目を細めて俺を真意を探ろうとする。というか、睨まれていた。……渡さなきゃよかったかな。


「人から物を貰って、第一声がそれはどうかと思うぞ」


「生憎と、理由のない好意は疑う性格なの。知らなかった?」


「……知ってるよ」


 どれだけ一緒に居たと思ってんだ。

 そして、こういう時にどうするのが正解なのかも、当然知っている。


「それは感謝の気持ちだ。……今日はありがとな。嬉しかったよ」


「な、なに言ってんのよ!?」


 羽美は一気に顔を沸騰させて、わたわたと珍妙に手を動かす。中身がひねくれているからか、真っ直ぐな言葉には滅法弱い。


 昔は俺もガキだったから張り合うことしか出来なかったけれど、今は違う。大切なことは伝えないといけないって知っているから。後悔しないためにも。


「お前、ホント直球に弱いな」


「あんたが素直になり過ぎなのよ。恥ずかしくないの?」


「……伝えようとしないと、伝わらないからな」


「……そうかもね」


 言わずとも相手が理解してくれるなんて思い上がりだ。

 言葉にしないと届かない。昔の俺はそれが分かっていなかった。


 恥じらって、臆して、怠って――そして違えた。


「ま、ガラじゃないのは分かってる。勝手に感謝してるだけだから、それは好きにしてくれ。捨てたって文句は言わない」


「…………わけないでしょ、バカ」


 伏せがちだった顔を上げて、瞳と瞳を見合わせる。相変わらず頬は紅潮していたけれど。それでも真っ直ぐに。


「ありがとね、大切にする」


 両手でしっかりと、絶対に手放さないよう、大切に包み込んで。

 柔らかな笑顔を浮かべた彼女に、不覚にも拍動を乱される。


「どう、似合う?」


 早速ネックレスを身に付けて、その場で無意味にくるりと一回転した。思った通り似合ってはいる……けれど。


「……ノーコメント」


「おい、いまさら照れてんじゃないわよ。ちゃんと伝えなさいよ」


「うっせ。それとこれとは話が別だ」


「……ヘタレ」


「いいから行くぞ。マジで飯食う時間無くなる」


 半ば強引に話題を切り上げつつ、身体を反転させて歩き出そうとした時――


「…………」


 数十メートル先にいる、どこか見覚えのある人物と目が合った。……合ってしまった。遭遇を回避しようにも、時すでに遅し。


「おーい、しっらぬっいく~~~~ん!」


 大きく手を振りながら、小走りで駆けてくる茶髪の女子は間違いなく部活動仲間――白雪奏音だった。

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