昭和の家電の直し方
静江の攻撃は単調なものだ。炎や氷を操るわけではなく、脳波で機械を操るわけでもない。ただ力任せに手刀を振るうだけだが、その威力が常識と理屈を越えていた。
力任せの一撃で何匹葬っているのかは分からない。リキューたちは減ればすぐにどこからか補充されていく。だが徐々にその数が少なくなってきているのを静江は感じていた。
「リキューや、体力切れかえ」
紫色の割烹着には返り血一つついていない。マイルドセブンを咥えながら街頭テレビ直伝の空手チョップで次々とリキューたちを雑に切り裂く姿は、孫の涼子から見ても理解を越えるものだった。
「おば、おばあちゃん。死んだんじゃ?」
「ああ死んださ。こいつに後ろから刺されてね」
「なんでいるの?」
「僕が呼んだ。呼んだというか封じたというか」
カッツォーネが陽向と氷翠に肩を貸しながら話を継いだ。
「強い力を持った人間が死んで、更に強くなって帰ってくることがたまにあるだろう」
思い当たる節のない涼子は首を捻ったが、静江は笑い声で応えた。
「まさか天神さんやためともさんと同じ扱いになるとはね! 死んだ甲斐があるってもんだよ!」
笑いながら部屋の真ん中へ突き進む静江。その先には黒い外套がかけられた革張りの椅子がある。破壊の対象を定めた静江は殺戮と前進の速度を上げた。静江の目的に気づいたリキューが悲鳴は上げる。
「やめろ、ババアやめるんだ!」
「やめろと言われてやめるかね」
「そうだ、その椅子は故障中だから壊すだけ無駄だよ」
そうかい、壊れているのかいとつぶやきながら静江は椅子を撫でた。
「壊れてるなら、直してやるよ。こう、斜め35度の角度で衝撃をね」
「やめろ!」
昭和の家電の直し方を披露した老婆は小爆発に包まれた。だが紫色に輝くその身には傷一つついていない。
「あれま、壊れちまった。寿命だったんだね」
挑発とも素の反応ともとれるが、どちらにせよ静江の一撃はリキューの守る建造物に致命的なダメージを与えたようだ。壁面のモニター類がバチバチとおなじみの音を立てながら火花を上げる。
「す、
最後の一匹になったリキューが、絶望の怨嗟を吐いた。
「おおかた、人間界を観察する為の機械だろう。つまらないもんを作ったね」
断定しながら静江は、割烹着のポケットから取り出したマイルドセブンに火を点ける。襲いかかってきたリキューの首を左手で止めながら一服し、右手の火種をその眉間にぐいと押し付けた。
「孫も、その友達もずいぶんお世話になったね」
「ひいい! やめて! やめて!」
「やめん。あたしはこれをやるために戻ってきたのさ」
押し付けられたタバコの火は、またたく間にリキューを焼き尽くす。手にまとわりつく灰を、はたいて落とした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一行は建物から脱出し、それぞれの無事を確認する。
「無事というかなんというか。おばあちゃんは、やっぱり死んでるのよね?」
「死んどる。生きてたら120歳くらいじゃないかえ」
涼子の疑いに静江はあっけらかんと答え、しゃがんでいる陽向に手を差し伸べた。
「あんたらも無事で良かった」
「私達を助けてくださったのは、二度目ですか?」
「覚えてないね」
手を握り返した陽向は確信している。この手が、数十年前に私と氷翠を助けてくれたのだと。
足の治療を終え立ち上がった氷翠が、周囲を見渡しながらぼそりとこぼした。
「それにしても、寂しいところね。今にして思えば」
「現実と比べて、不公平に感じたのかもしれないねえ」
現実と
「あいつは、本当に現実世界に侵攻するつもりだったんだろうよ」
そして今や廃墟と化した巨大な建造物を横目で見た。同じように先程までの戦場を見ていた涼子は、カッツォーネの姿がないことに気づいた。
「お礼を言いたかったのに」
「お礼どころか、居心地が悪かったんだろうよ」
「どうして?」
「自分たちの世界のことに巻き込んでしまったんだ。まともな奴なら、居づらいわな」
静江が背を向けた。何もない荒野に向けて歩き出す。
「あたしゃもう行くよ。あんたたちも早く帰りな」
「おばあちゃんは、帰れない……よね?」
「そりゃそうさ」
足を止めた静江に、涼子が追いついた。
「あの、ずっとおばあちゃんのこと誤解してた。宗二さんにも話を聞いたんだ」
「そうかい。宗二は元気だったかえ?」
「うん、元気だった。で、これだけは言いたかった」
涼子は思いの丈を言葉に込めた。
「ごめんなさい。おばあちゃんにひどいことを色々言った。私とお母さんはどうしようもない。本当にごめんなさい」
「あんたらのせいじゃないよ」
あまりにもあっさりとした返答に、涼子は気を抜かれたような表情になる。
「涼子にもいずれ孫ができるだろうよ。そうしたらあたしの気持ちがすこしは分かるかもしれないねえ」
そして静江は、振り向かずにゆっくりと歩いていき、その姿は砂嵐に紛れて消えた。
「一人で寂しくないのかしら……」
氷翠は、静江の姿を目で追いながらつぶやいた。同じ独り者としての共感があったのかもしれない。
「それじゃ、私達も帰りましょうか」
陽向が腰を上げた。三人は、もう来ることもない赤い大地を見つめる。目に焼き付けるように。
すると、大地の向こうから砂埃が近づいてきた。ものすごい速度で近づいてくる。警戒態勢に入る間もなく砂埃は、慌てたような照れたような表情の静江の形を取り、涼子の前で止まった。そして涼子の耳元で何かをつぶやき、再び猛スピードで走り去っていった。
「多分、なんかのまちがいで」
目をパチクリとさせながら氷翠がつぶやく。
「静江さんが現実に出てきたら『ターボばあちゃん』扱いされるんでしょうね」
氷翠のつぶやきに二人は静かに笑った。
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