ショートコント、人命救助

 火の点いていないショートホープを3本ほどくわえて階段を降りてきたカッツォーネは、涼子を指差し、もう一度同じことを言った。


「シズエって呼ばれてたかな、あの婆さん。多分あんたの血縁者だ」


 タバコを3本もくわえながら、器用に発音している。出任せを言っているわけではなさそうだが、かといってどう返答したらいいのか分からない。かろうじて涼子は


「ああ、そうなんですか」


 とだけ軽々しく応えた。ぎこちない雰囲気を漂わせ続ける氷翠と涼子の顔を向き合わせ、吹き出させるほどの素っ気なさである。

 二人が同じタイミングで笑ったので、自覚はないながらも涼子は少し嬉しくなった。


「だって、やっぱりそうだったんですね、くらいしか言えないじゃないですか」

「それはそうかもしれませんけど」

「よう、火はあるかい」


 唐突にカッツォーネがくわえているタバコを指差す。


「ここじゃなんだから、外で。どうせもう寒くはないだろう」


 横目で見られた氷翠が、少し顔を赤くした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 チリヂリの前髪から水を滴らせたたカッツォーネが、どこか気の抜けたような顔で話を進める。


「聞きたいことには、まあなんでも答えてやる。その前に一つ」


 涼子はカッツォーネの正面、地べたに座って顔を見上げた。この表情はどこかで見たことがある。もしかしたら諦めという感情なのかもしれない。


「お前のナビゲーターはここにいないのか?」

「あちらの陽向さんが焼き尽くしました」

「おれの前髪と同じようにか」


 少し前、くわえているタバコに火をつけろと命令された陽向は、言われるがままに手の平から炎を出した。だが陽向はタバコを吸ったことがなく、またタバコに火を付けることをサービスとする職種にも就いたことがなかったので、加減というものを知らなかった。

 突如目の前に現れた巨大な火柱にタバコを燃やし尽くされただけでなく、前髪をも焦がされたカッツォーネは大きくのけぞり仰向けに倒れ、無言で顔を押さえて地面を転げ回った。

 そこへ応急処置のつもりか、顔色を変えた氷翠が氷でカッツォーネの頭部全体を覆い、危うく息の根を止めかけた。


 涼子はカッツォーネに同情しながら、トーキーのような無言無用のドタバタ劇を見守っていた。焼かれ、窒息させられた風の四天王は悲鳴一つ上げなかった。ビックリしすぎたのか矜持がそうさせたのかは分からない。恐らく前者だろうと涼子は思う。


 何か重大なことを話そうとするカッツォーネを一切の悪気もなく殺しかけた当の二人は、涙を流しつつうつむき、お互いの肩を時折強く叩きながら、決して声が出ないように笑いを噛み殺していた。


「まあいいや。今更戦う気なんてないし。ていうかあんな二人相手にしたくない」

「代わりに謝ります。ごめんなさい。多分、今、彼女たちは口を開けないので」

「で、多分お前の婆さんにあたる奴の話からしようか」


 殺すべき相手に最後のタバコを吸う時間を与えられ、なんとか逃げ切ったことを語ったカッツォーネは遠い目をした。


「強かった。素手で普通に僕らを殺してた。けど、ナビゲーターに騙され操られていたようだ。お前も、そうだったんだろう」

「はい。ですがなぜそれが私の祖母だと?」

「わかりやすく言うと匂い、雰囲気、色、そういったものだ。カラスや魚よりも、人間の方が情報が多いから分かりやすい」


 軽い疑問を口にする。


「カラスや魚にも血縁が?」

「人間以外に親や兄弟がいないとでも思ってるのか?」


 思い上がりに気づき、涼子は顔を伏せた。


「お前の話によると、シズエは急にボケたそうだな」

「あ、はい。父が亡くなってすぐのことだそうです」

「もしかすると、この世界で誰かに殺されたのかもしれない。こっちで死ぬと現実では抜け殻のようになる。まともに戦って勝てる相手ではないから」

「誰にですか」


 カッツォーネの言葉を遮り、涼子は結論を急いだ。祖母に対していい思い出があるわけではない。虫がいい感情かもしれないが、そうなれば話は別だ。


「まあ、不意打ち、だまし討ちができる奴だろう。ナビゲーターと噛み合ってなかったから、その可能性もなくはない」


 暗い予感が涼子の脳裏をよぎった。祖母は確かに騙されやすい人だったようだ。母の言葉に騙され、孫の私にも好かれることがなかった。よく言えばお人好しであるが、だからと言ってだまし討ちまでされる必要はないだろう。

 納戸のアルバムを思い出す。孫を抱き、心の底から嬉しそうにしていたあの笑顔を引き裂いたのは間違いなく母であるが、それは母の本心だったのだろうか。


「人の心を操れるものが、この世界にいるんですか?」


 怒気を含んだ涼子の問いに、カッツォーネは無言で背後の建物を指差した。自分で聞いてこい、ということだろう。

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