「さあ、建物を燃やしましょう!」と陽向はさわやかに言った

「久しぶりにこの格好しますけど……フフフッ……フフ」


 25年ぶり以上に赤い大地、すきかいに降り立った宮原陽向ひなたは、40歳の自分を包むセパレート型の水着を確認し、絶句する。正確に言うと絶句を更新し続けているとでもいうのだろうか。何度も何かを言いかけ笑い、諦めて口をつぐんでいる。


「あ、いや、その赤い髪も似合いますよ? 私なんか白いミニスカセーラー服ですから。アハハハ!」


 一人ではないという安堵感からか、涼子はいつになくはしゃいでいた。


 前日、涼子から相談をもちかけられた陽向は、隙魔界へ侵入することを決意した。子供の頃に抱えた心の傷が傷んだものの、ここで逃げたらその傷は取り返しがつかない致命傷になるだろうと悟ったのだ。

 相談の内容とは「どうすればナビゲーターを出し抜いて、上の存在とやらを詰めることができるのか」である。

 それに対する陽向の返答は明確だった。


「倒してしまえばいいです。出し抜くというよりは。で、この建物の上の方に行ってみましょう」


 目の前にそびえるのは、陽向が中学生の頃にはまだ完成していなかった巨大建造物である。


「あれは、倒れる、というか死ぬんですか?」

「眼の前で死ぬのを見ました。やったのは私じゃないですけど」

「この建物は何ですか?」

「さっぱりわかりません。ただ、私たちが見た時はまだ完成していませんでしたね」


 今ひとつ要領を得ず首をひねる涼子だったが、陽向が言うのだから問題はないのだろう。だが。


「出し抜くのは難しいので、跡形もなく焼いてしまえばいいんです、フフッ」


 同じようなことをもう一度言った陽向を見て、少しだけ涼子の胸に不安がよぎった。


「あの、もしかして宮原さん、飲んでます?」

「いえ? 全く飲んでないです」


 ニコニコと笑いつつ手から火炎を放射し、地面に「NO」という文字を焼き付けた。飲んではいないが、酔っているようだ。


「……ブフッ! 私、昔より器用になってる……!」

「あ、あの、そろそろリキューを呼んでも大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「もういるよ」

「白クソ垂れ流す害虫野郎、死ねーっ!」

「ウギャー!」


 リキューを呼び出す確認をしたところ、陽向は快諾。いきなり岩陰から現れたリキューに20年ぶり以上となる罵倒拳を喰らわせ断末魔、という短い流れの中、涼子はまばたき一つできなかった。


「宮原さん、なにか、ものすごい悪口を言ってませんでしたか?」

「気のせいです」

「そうですよね」

「気のせいです」


 気のせいと断言する陽向の前で、ぷすぷすと煙を上げるリキューが息も絶え絶えに言葉を絞り出す。


「ぼ、僕を殺しても」

「歯脳考勝犬貴様!」


 陽向は、内角高めというより、わざと頭めがけて投げた危険球でリキューをもう一度焼いた。唖然とする涼子の前で、陽向はにっこりと笑う。


「片付きました」

「あの、何か言いかけてたような」

「気のせいです」

「そ、そうですかね?」

「気のせいです」


 どう考えても陽向の情緒がおかしい。あからさまに酔っ払ってる気がする。しかし己が身の危険を顧みず戦地に降り立ってくれた友人に文句を言う覚悟は、涼子にはなかった。


「私は昔、この場所で友人と戦いました」


 陽向は唐突に自分語りを始めた。


「友人と? 戦う?」

「ええ。人間同士がこの場所でかち合うと、酔っ払った状態になるようです。酔って、戦いへの衝動がむき出しになるってヤカラもんさんは言ってました」


 ヤカラもんというのは、恐らく陽向のナビゲーターだったものだろう。では、陽向は涼子に対しても攻撃をしかけるつもりなのだろうか。手を擦り合わせながら尋ねてみた。


「それはないです。私も大人になって酔いをコントロールできるようになったのかもしれません」

「なるほど……」

「後は動画を消すだけですね。さあ、建物に火をつけて燃やし尽くしましょう!」


 陽向はさわやかな表情にそぐわぬ物騒な言葉を吐いた。腕を擦りつつ涼子は周囲を見渡す。


「なんか、寒くないですか?」

「そうですか?」


 前触れもなく、強い吹雪が二人を包んだ。


「どこの誰だか知らないけど、放火なんてさせないわ」


 陽向は、声の主を見る。歳はとったが見間違えようがない。25年前に離れ離れになった、親友の五十嵐いがらし氷翠ひすいが腕を組んでこちらを睨みつけていた。

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