納戸の中で

 涼子は自分の血縁関係を整理した。

 まず娘の沙羅。夫の大輔は単身赴任中。実父は35年ほど前に、母は30年ほど前に亡くなった。再婚した父も、母の後を追うようにして亡くなっている。

 実父の母、静江の顔をよく思い出せないでいる。その静江がいつ亡くなったのかも知らない。


 もしかしたら私は、とんでもなく非情な人間なのではないかと思いながら、涼子は敵の投石をハウンドで受け止めた。


 例によって急に呼びつけられた涼子は、「残党狩り」とリキューが呼ぶ行為に加担していた。「穏健派の生き残りを狩るだけの作業だから特に危険はない」とのことだが、やっぱりそれは嘘だったのだ。


 岩陰に身を隠しつつ、2つのハウンドを左右から遠回りさせ、敵に近づける。前方に浮かんでいる一つは囮だ。


「殺れ! 蜂の巣にしてやるんだ!」


 興奮したリキューの声に従うように、涼子は3方向からのハウンドによる銃弾で敵を殲滅した。口径が小さい為に何発も打ち込まねばならないこの攻撃方法を涼子は恐れ、リキューは愉しんでいた。


「猟犬、ブラッドハウンドの名に相応しい、残虐な狩り方だよね。一撃で仕留めるなんて楽しくないよ」


 満足そうに尻尾を揺らし、リキューは涼子に背を向けた。帰ってよしの合図だ。


「あのさ、リキュー。聞きたいことが」

「僕に答えられることなら答えてあげるよ」

「前に言ってたシズエって、私のお祖母ちゃんと名前同じなんだけど」

「知らないよそんなこと」


 返答が上ずっている。前にも聞いたが、怯えが丸出しだ。


「だいたい知ってどうするんだい。もう死んでるんだろう」

「いや、いつ亡くなったのかも知らなくて……」


 リキューは実にわざとらしいため息をついた。


「人間って血縁関係を大事にするんじゃないの?」

「いった!」


 何も言い返せずに立ち尽くす涼子の太ももを尻尾で引っ叩きながら、リキューは話を切り上げた。


 打たれた部分を擦りながら、涼子は糸口を探す。まずは静江の次男、確か宗二といったか。彼に連絡をとるべきだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 家に戻り、納戸に眠っているダンボールを開けた。実父の持ち物が入っているものだ。金目のものは入っていない。子供の頃に見せてもらった舶来物の腕時計は、再婚した方の父がどこかに売り飛ばしたらしい。生活に困っていたのだろうか。幼少期、特に不自由を感じなかった涼子は不思議に思った。


 先に亡くなった実父の言動や愛情は覚えているが、再婚し戸籍上父になっていた男には何も感じていない。印象的な会話を交わした覚えもないし、母の再婚、死去と大きな出来事に紛れるように死んでいたのでなおのことと言える。


 アドレス帳が残っていないかと期待を込めて探すも、多分徒労に終わるだろうなと涼子は思う。生前語っていたが、実父は50件ほどの顧客の住所と電話番号を記憶していたそうだ。


「これだから昭和の人間は……!」


 悪態を突きながらダンボールをゴソゴソと漁る。古いピンク色の包装紙に包まれた何かや職場のパンフレットなど、どちらかというと整理したほうがいいのではないだろうか、といったものに紛れ、一冊のアルバムが出てきた。晴れ着を着ている幼い自分を見るに、七五三の時の写真だろう。父母の顔が若い。じっと見つめていたが、心に浮かび上がるものはなかった。仕方ない、自分は薄情な人間なんだと先を進む。


 ページをめくる。そこには笑顔の老婆、静江が映っていた。幼い自分を抱え上げ、掛け値のない喜びを表している。こちらもまた、思っていたよりも若い。怒鳴られたり、嫌いなものを食べさせられたりといった負の感情にはじめて疑問符がついた。これほど屈託のない笑顔で子供を抱ける人間が、嫌がらせのようなことをするだろうか。


 続いて、叔父の写真も出てきた。困惑しているような固い笑顔で幼い涼子を抱えている。おそらく子供が苦手だったのだろう。隠しきれないわかりやすさと優しさに、涼子は好感を覚えた。


 問題は、この叔父が今どこにいるかだ。生きているのかすらもわからない。何か住所が書いてあるものはないだろうかと、更に探る。

 訃報を知らせる手紙があった。静江の訃報だった。時系列で考えると実父が亡くなった、すぐ後になる。

 この時、既に母は再婚していた。お通夜に顔を出したということもない。恐らく捨てるのに抵抗があり、父の持ち物に放り込んでいたのだろう。

 差出人は田野倉宗二。叔父だ。電話番号も住所も記載されている。


 30年以上音沙汰のない親類が急に電話をかけてきたら、相手は何を思うだろう。ましてや祖母のことを聞きたいなどと申し出た日には。

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