理解者
「沙羅ちゃん、こんにちは。いつも
「あ、おばさん。また翡翠ちゃん連れてうちに来てよ。おばさん来ると、お母さんも喜ぶの」
涼子は子供たちの頭をポンポンと叩き、陽向と雑談を交わした。
「じゃあ、次の日曜、私の家でどうですか?」
涼子は手でグラスを傾ける仕草をしながら言う。
「沙羅には翡翠ちゃんがいるし、ついでにうちの人は出張中」
「お邪魔じゃなければ、ぜひ。おつまみもってお邪魔しますね」
買い物を終え、家に帰る途中、沙羅が涼子の顔を見上げながら言った。
「お母さんは、翡翠ちゃんのおばさんと仲良いね。昔からの知り合いなの?」
「いや、全然。沙羅と翡翠ちゃんが友達になってから仲良くなったのよ。なんていうか、あの穏やかな雰囲気が好きなのよ」
「ふーん。いやされるってやつ?」
「うん、まあ、そうね。難しい言葉知ってるな!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
日曜日の14時。涼子と陽向は的場家のリビングでワインを飲み交わしていた。
「美味しいですねえ」
「たまに飲むと本当に美味しいですね」
2階からは、娘たちのはしゃぐ声が聴こえてくる。そろそろおやつを取りに来る頃だろうか。
「的場さん、最近疲れてません?」
「な、なんでですか?」
思い当たるフシがありすぎるだけに、涼子は身をすくめる。
「私の思いすごしならいいんですけど、何かに落ち着きがない感じというか……。なんにせよ相談してくださいね?」
「ありがとうございます。けど、何もないですよ、本当に」
「土に代わっておしおきよ!」
「かはっ」
階上から降りてきた沙羅が、熱中しているアニメ『屯田美少女アグリムーン』の決め台詞を叫びながらリビングに乱入してきた。翡翠とごっこ遊びをしているのだろう。
「だ、大丈夫ですか? 的場さん」
「すみません、気管にワインが」
大きくかはっとむせた涼子は慌ててテーブルを拭いた。手伝いながらその様子を見つめていた陽向は、ポツリとつぶやく。
「本当に大丈夫ですか? 悩みだったら聞きますし、何かしら力になれることもありますよ?」
「けど、言っても信じてもらえるかどうか」
大きくむせたことにより酔いが回った涼子はギアを上げた。誰かに話して楽になるのなら少しでも楽になりたいのは当然のこととして、実直な陽向の言い方が琴線に触れたということもある。
「実は、脅されているんです……」
「え、誰にですか?」
二人は声を潜めて話しだした。
「ここから先は冗談みたいなものですけど、わけのわからないところに連れて行かれて、戦え戦えって引っ叩かれるんですう……」
「ハハハ……。大変ですね……」
「私、特殊能力なんて無くって。手から火を出せる人とか、素手で敵を切り裂く人とかいたみたいなんですけどぉ」
「うん……?」
「ババア呼ばわりされた挙げ句、祖母と同じ名前の人が強かった強かったって言われて、私は弱くて弱くて」
「……う〜ん……?」
「まあ別人でしょうけど」
陽向は首をかしげた。自分が封印した記憶をなぞっている部分があったのだ。
「的場さん、脅されているというのは? 誰かに不幸がふりかかるとか言われましたか?」
「誰かにというより、私に極太の不幸が……」
表情を固くしている陽向を赤い目で見て、涼子は具体的に答える。その勢いのまま、最強ババマギアと同じ名を持つ祖母と、母の確執も話したのだった。
「……それは災難でしたね……」
「私の話、冗談みたいなものですけど、信じるんですか?」
「はい。信じます。お水どうぞ」
涼子は水を口に含み、背筋を伸ばした。少しでも早く酔いから覚めたかったのだ。
「なんとなく、ですけど」
陽向は視線を空中に漂わせながら言った。
「的場さんのお祖母さんの話を聞いていると、不自然な点が多い気がします。毎週来てくれる孫に、わざわざ嫌いなもの出しますか?」
「まあ、そうですね。調理の手間もかかりますし」
「もしかしたら『孫から嫌われる不幸』もシズエさんに仕向けられていたのかもしれませんね」
涼子の頭の中で、母の言動が蘇る。あの頃の家は怪しげなお坊さんや弁護士と名乗る男たちのたまり場と成り果てていた。いくら嫁姑の関係がこじれても、裁判沙汰にまで持ち込むような母だったろうか。
「つまり、的場さんのお母さんはシズエさんを苦しめる為に操られていた、とか。そもそもシズエさんがババマギアなのかどうかもわかりませんが」
もちろん仮定の話ではあるが、酔っている涼子にとって陽向の話は真実に近いものに感じていた。
「お祖母さんの次男さん、まだご存命なんですよね? お話、聞けませんか?」
「ずいぶん会ってないし、会ってくれるとも思えないですが……」
「大丈夫ですよ。的場さんなら」
陽向は真正面から涼子の目を覗き込んだ。
「……なんで、全部信じてくれるんですか? 酔っ払いの妄言かもしれないと思わないんですか?」
「実は、私もまあ、似たような経験を」
「え」
「火を出していた先代というのは、多分私です」
頭をかきながら陽向は視線を外す。
「それに、友人のピンチからはもう逃げないと決めていますので」
階上にいる翡翠を呼び、立ち上がってお暇を告げた。
「私と友人も、もしかしたらシズエさんの幻影に助けられたのかもしれないんです。だとしたら的場さんを助けない理由がありません」
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