屯田美少女アグリムーン

 涼子が戦わされる羽目になったのは、ひとえに自分の責任であった。

 最初、すきかいに連れてこられた涼子は当然のことながら甚だしく混乱。誰もいない赤い大地で途方に暮れていた。

 だがこの寂寥とした大地は夢であると結論づけたのが過ちへの第一歩だった。周囲の岩陰を注意深く確認しなかったのも早とちりであった。


 涼子は己の姿をしげしげと眺めた。膝上のスカートを履いたのは何年ぶりだろうか。

 ひらひらの白いセーラー服は、小学生の頃に熱中したアニメの主役を思わせるものである。農業を営む女の子が悪の組織と戦う話だった。もちろん40歳となった今、それに対する憧れも思い入れも心の引き出しから消えている。


 ふと、娘の沙羅が毎週日曜の朝、楽しみにしているアニメを思い返した。どうやら代替わりしつつも農業というベースは残し、世の女児たち、もしくは男性からの人気をいまだに集めているらしい。収穫物や栽培方法、通信手段や使用する武器は時代とともに変化しているものの、決めポーズと決め台詞は年月が経っても同じものだった。勝利を確信すると、主人公の女の子は敵に向かって人差し指を立て、ウインクをしながらこう言うのだ。


「土に代わっておしおきよ」


 やってみた。

 34年ぶりにやってみたのである。

 大の大人がミニスカートの白いセーラー服を着て、小声でやってみたのである。

 ポーズを決める際、夢の中だからか四十肩が気にならなくなっていたこともあり、少し熱が入った。憧れは消えていたのではなく、心の引き出しの二段底に隠されていただけだったのかもしれない。


 そこにいるはずもない悪役を相手取り、周囲を気にせず華麗にステップを踏む涼子。くるりと回ってポーズを決め、大声で決め台詞を叫んだ。


「土に代わって」


 途中で飲み込んだのは、どこかでピロリンという電子音が鳴ったからだ。確かあの音は、動画撮影完了を知らせる音だったような。


「もういいかい。しんどいんだ」


 岩陰から、白い子犬のような生き物が現れた。


「君はリョウコだね。僕はリキュー。この動画を君のスマートフォンに登録されてる全てのアドレスに送るつもりだ」


 あっけにとられる涼子を置いて、リキューは話を続ける。


「これは夢じゃない。夢だと思うなら、僕の言うことを無視して現実に帰ってごらん。さっきの動画はインターネットに出回って死ねるよ、社会的に」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 こうして弱みを握られた涼子は、立場としてリキューの下になった。数度の戦闘に駆り出され判明したことは、涼子自身にほぼ戦闘力がないことだった。ハウンドと名付けたドローンのような器具を駆使して戦うことにより、辛くも生き延びてきている。

 戦闘を見ていたリキューからの「歴代最弱」という評価を聞き、ふと気になった涼子は尋ねた。


「一番弱いのは私で、強かったのは誰?」

「4,50年くらい前かな。老婆だったけど」

「その人は何で戦ってたの?」

「素手。チョップで敵を真っ二つにしたりしてた」


 それは化け物だわという感想を飲み込み、涼子はハウンドを先行させた。今は風の四天王とやらを探す必要がある。

 出会ったとして、戦わずに済む方法はないのだろうか。おそらくリキューは、その強敵相手に何の戦術も立てていない。純粋に使い捨てのコマとして涼子を見ている。逃げ出せるものなら逃げ出したいが、動画の一件がある限り逃げ出すという手段は封じられている。

 リキューを殺せればベストなのだが、動画のデータをどこかに保存されてでもいたらアウトだ。死んだ瞬間に動画公開、などもありえるということを、この数日で涼子は理解していた。


 ハウンドの一つが落とされた。敵の姿は見えないが、壊されたという感覚が脳に伝わってきた。


「攻撃されているわ」

「多分目的の相手だね」


 いきなり目の前に、人間としか見えない男が現れた。四天王、風のカッツォーネがくわえタバコのまま涼子たちの前に立ちはだかった。

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